・・・ という一言が、彼を悪の華の咲く園に追いやり、太陽の光線よりも夜光虫の光にあこがれさせてしまわないとは、断言できない。「復員の荷物みたいなもン、一つもないぜ」 係員は棚の荷物をちらと見廻して言った。「しかし、預けたことはたし・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ K君は自分の影を見ていた、と申しました。そしてそれは阿片のごときものだ、と申しました。 あなたにもそれが突飛でありましょうように、それは私にも実に突飛でした。 夜光虫が美しく光る海を前にして、K君はその不思議な謂われをぼちぼち・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・レンコオトも帽子もなく、天鵞絨のズボンに水色の毛糸のジャケツを着けたきりで、顔は雨に濡れて、月のように青く光った不思議な頬の色であった。夜光虫は私たちに一言の挨拶もせず、溶けて崩れるようにへたへたと部屋の隅に寝そべった。「かんにんして呉・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・ このごろでは「夜光虫ノクチルカ」その他の発光動物に関するものを捜しているが、まとまった手ごろな本はまだ見つからない。おかしいことには自身の捜さないのではずいぶん特殊な狭い題目の本が有り過ぎるほどあるような気がするのである。 同じこ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・とあるのは、あるいは電光、あるいはまたノクチルカのような夜光虫を連想させるが、また一方では、きわめてまれに日本海沿岸でも見られる北光の現象をも暗示する。 出雲風土記には、神様が陸地の一片を綱でもそろもそろと引き寄せる話がある。ウェーゲナ・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
出典:青空文庫