・・・第一色気ざかりが露出しに受取ったから、荒物屋のかみさんが、おかしがって笑うより、禁厭にでもするのか、と気味の悪そうな顔をしたのを、また嬉しがって、寂寥たる夜店のあたりを一廻り。横町を田畝へ抜けて――はじめから志した――山の森の明神の、あの石・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ また夢のようだけれども、今見れば麺麭屋になった、丁どその硝子窓のあるあたりへ、幕を絞って――暑くなると夜店の中へ、見世ものの小屋が掛った。猿芝居、大蛇、熊、盲目の墨塗――――西洋手品など一廓に、どくだみの花を咲かせた――表通りへ目に立・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・かしらの二日は大粒の雨が、ちょうど夜店の出盛る頃に、ぱらぱら生暖い風に吹きつけたために――その癖すぐに晴れたけれども――丸潰れとなった。……以来、打続いた風ッ吹きで、銀杏の梢も大童に乱れて蓬々しかった、その今夜は、霞に夕化粧で薄あかりにすら・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 両側はさて軒を並べた居附の商人……大通りの事で、云うまでも無く真中を電車が通る…… 夜店は一列片側に並んで出る。……夏の内は、西と東を各晩であるが、秋の中ばからは一月置きになって、大空の星の沈んだ光と、どす赤い灯の影を競いつつ、末・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・軒前には、駄菓子店、甘酒の店、飴の湯、水菓子の夜店が並んで、客も集れば、湯女も掛ける。髯が啜る甘酒に、歌の心は見えないが、白い手にむく柿の皮は、染めたささ蟹の糸である。 みな立つ湯気につつまれて、布子も浴衣の色に見えた。 人の出入り・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・清々したという顔でおきみ婆さんが寄席へ行ってしまうと、間もなく父も寄席の時間が来ていなくなり、私はふと心細い気がしたが、晩になると、浜子は新次と私を二つ井戸や道頓堀へ連れて行ってくれて、生れてはじめて夜店を見せてもらいました。 その時の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・いるのを見た途端、私はそこだけが闇市場の喧騒からぽつりと離れて、そこだけが薄汚い、ややこしい闇市場の中で、唯一の美しさ――まるで忘れられたような美しさだと思い、ありし日の大阪の夏の夜の盛り場の片隅や、夜店のはずれを想い出して、古女房に再会し・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ おまけに、丸薬をしかるべく包装するわけでもなく、夜店で売る「一つまけとけ」の飴玉みたいに、白い菓子袋に入れて、……それでは売れぬのも無理はなかった。 そんな情けない状態ゆえ、その時お前がおれに出会ったのは、いわば地獄に仏全くお前に・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ そして、四五日たったある夜、私は大阪の難波の近くの夜店で、武田さんの机の上にあった時計とそっくりの時計を見つけた。千円でも譲らないと言ったあの時計だ。「これはいくらだ?」 買う気もなくきくと、「二円五十銭にしときましょう」・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・競馬場へ巻寿司を売りに行ったこともある。夜店で一銭天婦羅も売った。 二十八の歳に朝鮮から仕入れた支那栗を売って、それが当って相当の金が出来ると、その金を銀行に預けて、宗右衛門町の料亭へ板場の見習いにはいり、三年間料理の修業をした後、三十・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫