・・・旧は夜店で果物なんか売っていたんですけれど、今じゃどうして問屋さんのぱりぱりです。倶楽部へも入って、骨董なんかもぽつぽつ買っていますわ。それで芳ちゃんが落籍される時なんか、御母さんはああいう人ですから、いくらも貰わなかったんですよ。いいわい・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・また年末には夜店に梅の鉢物が並べられ、市中諸処の縁日にも必ず植木屋が出ていた。これを見て或人はわたしの説を駁して、現代の人が祖国の花木に対して冷淡になっているはずはないと言うかも知れない。しかしわたくしの見る処では、これは前の時代の風習の残・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・わたくしは先刻茶を飲んだ家の女に教えられた改正道路というのを思返して、板塀に沿うて其方へ行って見ると、近年東京の町端れのいずこにも開かれている広い一直線の道路が走っていて、その片側に並んだ夜店の納簾と人通りとで、歩道は歩きにくいほど賑かであ・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・新しき女の持っている情緒は、夜店の賑う郊外の新開町に立って苦学生の弾奏して銭を乞うヴァイオリンの唱歌を聞くに等しきものであった。 小春治兵衛の情事を語るに最も適したものは大阪の浄瑠璃である。浦里時次郎の艶事を伝うるに最適したものは江戸の・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・たまには夜店で掛物をひやかしたり、盆栽の一鉢くらい眺める風流心はあるかも知れない。しかしながら探偵が探偵として職務にかかったら、ただ事実をあげると云うよりほかに彼らの眼中には何もない。真を発揮すると云うともったいない言葉でありますが、まず彼・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 神田では三省堂を出てから夜店の古本を見て十銭でエジソン伝など掘出し、あすこの不二家へよってコーヒーとお菓子をたべ、バスで高田の馬場までかえりました。おなかをすかして、とろろで御飯をたべ、それからお風呂に入って、二階へ上ったという順序で・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・今夜は鈴子さんが国へかえるので戸塚の夜店を歩き鈴虫を買ってかえったところ、今もって鳴かぬ、雄ではないのだろう雌だろう。そういうことなら口惜しいけれど可哀そうだから捨てない。そんな話をして、私がこれは随筆になると云ったらスエ子曰ク「吉屋さんも・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・○「夜店の大学を出たって平気ですよ」○「つよい一面によわい」「病気しませんねえ、相変らずコマコマしているが」 岩手の農民の息子 北海道の鉱山 父 事務所 兄 シキに入る 自分小学を出た位のとき ト・・・ 宮本百合子 「SISIDO」
・・・この本も、他の多くの仲間とともに二年後には南京豆の紙袋と化して夜店に現れるだろうか。くだらない本だろうか。私はそうは思わぬ。この本が、ボリソフから届いて始めて訳者の机の上に載せられた時から、我々は共通な興味を感じた。彼女は翻訳する気になった・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
芍薬「これ 八百屋の店先に バケツにつけてあったの。一束八銭よ これだけで十六銭 やすいでしょう。こないだ夜店で一輪五銭の蕾買って来たら みんなさいて迚もうれしかった――この色少し気にいらないんだけれど……・・・ 宮本百合子 「生活の様式」
出典:青空文庫