・・・だから先生は夜毎に英語を教えると云うその興味に促されて、わざわざ独りこのカッフェへ一杯の珈琲を啜りに来る。勿論それはあの給仕頭などに、暇つぶしを以て目さるべき悠長な性質のものではない。まして昔、自分たちが、先生の誠意を疑って、生活のためと嘲・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ もののけはいを、夜毎の心持で考えると、まだ三時には間があったので、最う最うあたまがおもいから、そのまま黙って、母上の御名を念じた。――人は恁ういうことから気が違うのであろう。 泉鏡花 「星あかり」
・・・つね日頃より貴族の出を誇れる傲縦のマダム、かの女の情夫のあられもない、一路物慾、マダムの丸い顔、望見するより早く、お金くれえ、お金くれえ、と一語は高く、一語は低く、日毎夜毎のお念仏。おのれの愛情の深さのほどに、多少、自負もっていたのが、破滅・・・ 太宰治 「創生記」
・・・六 夜毎に月の出は遅くなった。太十は精神の疲労から其夜うとうととなった。悪戯な村の若い衆が四五人其頃の闇を幸に太十の西瓜を盗もうと謀った。太十の西瓜はこれまで一つも盗まれなかったのである。彼等の手筈はこうであった。二三人は昼・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ウィリアムが日毎夜毎に繰り返す心の物語りはこの盾と浅からぬ因果の覊絆で結び付けられている。いざという時この盾を執って……望はこれである。心の奥に何者かほのめいて消え難き前世の名残の如きを、白日の下に引き出して明ら様に見極むるはこの盾の力であ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・日毎夜毎に死なんと願え。やがては神の前に行くなる吾の何を恐るる……」弟は世に憐れなる声にて「アーメン」と云う。折から遠くより吹く木枯しの高き塔を撼がして一度びは壁も落つるばかりにゴーと鳴る。弟はひたと身を寄せて兄の肩に顔をすりつける。雪・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・人は孤独で居れば居るほど、夜毎に宴会の夢を見るようになり、日毎に群集の中を歩きたくなる。それ故に孤独者は常に最も饒舌の者である。そして尚ボードレエルの言うように、僕もまたそのように、都会の雑沓の中をうろついたり、反響もない読者を相手にして、・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・ああ罪業のこのからだ、夜毎夜毎の夢とては、同じく夜叉の業をなす。宿業の恐ろしさ、ただただ呆るるばかりなのじゃ。」 風がザアッとやって来ました。木はみな波のようにゆすれ、坊さんの梟も、その中に漂う舟のようにうごきました。 そして東の山・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・パリの華麗なシャン・ゼ・リゼのつき当りの凱旋門の中に、夜毎兵士に守られて燃えつづけていた戦死者記念常夜燈に、平和は求め叫ばれつづけていた。 二十五年めに、ナチス・ドイツの乱暴な侵略で第二の大戦がはじまったとき、民主国の男女は怒りに燃え、・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・ わしはのう、夜毎にいろいろと老人達やら又は小鳥の様な者共からいろいろの話をきいたのじゃ。 罪のない面白い話はわしの口のはたでおどり狂うて居るのでのう。 久し振りに参った事故わしは御事に知って居る丈の話をきかすのをお事が見えたと・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫