・・・そうしては暗い夜道を二人で歩くのがこの上もないたのしみな事だった。そんな事をして八月も中頃になった。祖母は時に思い出した様に折々「帰ろうかネーもう随分居たんだから――」こんな事を云って居たけれ共私は懸命にもっと居る様に居る様にとすすめて居た・・・ 宮本百合子 「ひな勇はん」
・・・ 二人で歩ける今、重吉が、一人でなんか歩くなと云ってくれるこの夜道を、ひろ子はこれまで幾度ひとりで通らなければならなかったろう。リュックを背負い、もんぺにはいた靴をふみしめ、つよく振る手で薄気味わるさを追っぱらうように力んで、通った。自・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・須波と三原との間は雨の降りしきる破壊された夜道を、重い荷を背負った男女から子供までが濡れ鼠となって歩いた。 姫路は、あの辺の重要都市の一つであり、空爆をうけて焼かれている。バラックの駅長事務所で、小雨に打たれて列に立ちながら、連絡につい・・・ 宮本百合子 「みのりを豊かに」
・・・馬車はがたぴしと夜道を行く。遠く遠く夜道を行く。そのうちに彼誰時が近くなった。その時馬がたちまち駆歩になって、車罔は石に触れて火花を散らした。ツァウォツキイは車の小さい穴から覗いて見た。馬車は爪先下りの広い道を、谷底に向って走っている。谷底・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫