・・・ 只さえ人気ない夜陰の物さびしさが、此の急な連想で驚くほど無気味なものにさせられた。 伝説に深い趣味を持って居る自分は伝説にまける。 人間の心の微妙さを信じる自分は、種々の例外を認める。 従ってひどく臆病である自分は、明けは・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・「夜陰に呼びにやったのに、皆よう来てくれた。家中一般の噂じゃというから、おぬしたちも聞いたに違いない。この弥一右衛門が腹は瓢箪に油を塗って切る腹じゃそうな。それじゃによって、おれは今瓢箪に油を塗って切ろうと思う。どうぞ皆で見届けてくれい」・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・それはそれとして、夜陰に剣戟を執って、多人数押し寄せて参られ、三門を開けと言われた。さては国に大乱でも起ったか、公の叛逆人でも出来たかと思うて、三門をあけさせた。それになんじゃ。御身が家の下人の詮議か。当山は勅願の寺院で、三門には勅額をかけ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫