・・・小学校へ通う大川の橋一つ越えた町の中に、古道具屋が一軒、店に大形の女雛ばかりが一体あった。ろうたけた美しさは註するに及ぶまい。――樹島は学校のかえりに極って、半時ばかりずつ熟と凝視した。 目は、三日四日めから、もう動くようであった。最後・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ ウエイトレスの顔は彼らを迎える大仰な表情でにわかに生き生きし出した。そしてきゃっきゃっと笑いながら何か喋り合っていたが、彼女の使う言葉はある自由さを持った西洋人の日本語で、それを彼女が喋るとき青年達を給仕していたときとはまるでちがった・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・健二はわざと大仰に云った。それで相手の反応を見て、どういうつもりか推し測ろうとする考えだった。 宇一は、顔に、直接、健二の視線を浴びるのをさけた。暫らくして彼は変に陰気な眼つきで健二の顔をうかゞいながら、「お上に手むかいしちゃ、却っ・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・机の上には、大形の何やら横文字の洋書が、ひろげられていたのであるが、佐伯はそれには一瞥もくれなかった。「里見八犬伝か。面白そうだね。」と呟き、つっ立ったまま、その小さい文庫本のペエジをぱらぱら繰ってみて、「君は、いつでも読まない本を机の上に・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・皮膚は、大仰な言いかたをすれば、鶯の羽のような汚い青さで、まったく光沢がなかった。その男が赤毛氈の縁台のまんなかにあぐらをかいて坐ったまま大きい碾茶の茶碗でたいぎそうに甘酒をすすりながら、ああ、片手あげて私へおいでおいでをしたでないか。なが・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
九月中旬の事であった。ある日の昼ごろ堅吉の宅へ一封の小包郵便が届いた。大形の茶袋ぐらいの大きさと格好をした紙包みの上に、ボール紙の切れが縛りつけて、それにあて名が書いてあったが、差出人はだれだかわからなかった。つたない手跡・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・表紙は八雲氏が愛用していた蒲団地から取ったものだそうで、紺地に白く石燈籠と萩と飛雁の絵を飛白染めで散らした中に、大形の井の字がすりが白くきわ立って織り出されている。 これもいかにも八雲氏の熱愛した固有日本の夢を象徴するもののように見えて・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・というのは、蜻とんぼを捕えるのと同じ恰好の叉手形の網で、しかもそれよりきわめて大形のを遠くから勢いよく投げかけて、冬田に下りている鴫を飛び立つ瞬間に捕獲する方法である。「突く」というのは投槍のように網を突き飛ばす操作をそう云ったものではない・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・よって、食事の折には一切、新時代の料理屋または小待合の座敷を聯想させるような、上等ならば紫檀、安ものならばニス塗の食卓を用いる事を許さないので、長火鉢の向うへ持出されるのは、古びて剥げてはいれど、やや大形の猫足の塗膳であった。先生は最初感情・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・連の男が、とびぬけて気品あるのでもないから、彼が、あんなに大切そうに、大仰に、腰をかがめんばかりにして対手を席につけてやらなかったら、我々は、横浜辺の商人夫婦として、簡単に観察を打ち切ってしまっただろう。結婚生活者としては、余り仰山な何かが・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
出典:青空文庫