・・・かの地の大使館員でMという人と知り合いになったがその人がラッパのない、小さな戸棚のような形をした上等の蓄音機をもっていた。そしてかの地で聞く機会の多いオペラのアリアや各種器楽のレコードを集めて、それを研究し修練してわびしいひとり居の下宿生活・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ちょいと大使館書記官くらいな体裁にはなってしまう。「当代の文士は商賈の間に没頭せり」と書いた Porto-Riche は、実にわれを欺かずである。 ピエエル・オオビュルナンは三十六歳になっている。鬚を綺麗に剃っている。指の爪と斬髪頭とに・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・まだ健在であった人見絹枝さんが女子選手を引率して行く途中モスクワへよられました。大使館でその歓迎と幸先祝いの晩餐がひらかれ、私も座に連ったのですが、そのとき人見さんは一同を眺めわたしながら高々とした声で「このお嬢さん達をつれて歩くのは容易じ・・・ 宮本百合子 「現実の問題」
・・・ フランスと結托している反動的なポーランドがワルソーのソヴェト大使館爆破をやりかけたのは、どういう云いがかりをつけるためであったろうか。ソヴェト同盟の大衆は時に応じ、事情に従い、階級的な国際関係についての経験をかさねながら、それらと闘争しつ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・イタリーの人民生活を圧していた社会不安、生活の不安から、北アフリカへの軍事行動へ「脱出」するという、好戦の映画であった。イタリー大使館かどこかの好意による特別試写会で、それを見た。そして「脱出」という字は深く心に刻みこまれたのだった。「・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・そこから日本大使館へ廻った。本館の帝政時代のままの埃及式大装飾の中に、大使はぽつねんと日本の皮膚をちぢめて暮している。事務所は、離れた低い海老茶色の建物で、周囲の雪がいつも凍っている。今日は雪が氷の上に降った。 白いタイル張りの暖炉があ・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・五番町英国大使館の前に、麹町区役所死体収容所が出来、あらゴモで前かけをした人夫が、かたまり、トタンのかこいをした場所に死骸をあつめて居る。夜、青山の通を吉田、福岡両氏をたずね、多く屋根の落ちかかった家を見る。ひどい人通りで、街中 九・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ 正月、大使館のひとに逢ったらジェネの宮島氏からことづかったものがあると、一つの小さい紙包みを渡された。あけて見たら、白い四角い箱が出て、中の薄紙には、アンリー・ブランの金の時計が入っている。私は意外でうれしいのと恐縮したのとで、顔を赤・・・ 宮本百合子 「時計」
・・・二人の横たわっている前方の夕空にソビエットの大使館が高さを水交社と競っていた。東郷小祠の背後の方へ、折れ曲っている広い特別室に灯が入った。栖方は黄楊の葉の隙から見える後のその室を指して、「あれは少将以上の食堂ですが、何か会議があるらしい・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫