・・・外は夕闇がこめて、煙の臭いとも土の臭いともわかちがたき香りが淀んでいる。大八車が二台三台と続いて通る、その空車の轍の響が喧しく起こりては絶え、絶えては起こりしている。 見たまえ、鍛冶工の前に二頭の駄馬が立っているその黒い影の横のほうで二・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ とにかく、このお家にもこれ以上ご厄介をかけてはいけない、明日、また他の家を捜そうという事に二人の相談はまとまった様子で、翌る日、れいの穴から掘り出した品々を大八車に積んで、妹のべつの知人のところへ行った。そこのお家は、かなり広く、五十・・・ 太宰治 「薄明」
・・・それだから朝の三時頃から大八車を※って来て一晩寝ずにかかって自分の荷を新宅へ運んだのである。彼はすこぶる尨大なるシマリのない顔をしている。そこで申訳のために少々鼻の下へ髭をはやしてはいるが、なかなか差配に負けぬ抜目のない男と見える。 我・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・それと同様、広い庭先は種々雑多の車が入り乱れている――大八車、がたくり馬車、そのほか名も知れぬ車の泥にまみれて黄色になっているのもある。 中食の卓とちょうど反対のところに、大きな炉があって、火がさかんに燃えていて、卓の右側に座っている人・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・その構造はきわめて原始的で、大八車というものに似ている。ただ大きさがこれに数倍している。大八車は人が挽くのにこの車は馬が挽く。 この車だっていつも空虚でないことは、言をまたない。わたくしは白山の通りで、この車が洋紙をきんさいして王子から・・・ 森鴎外 「空車」
出典:青空文庫