出典:gooニュース
『七日の王妃』の晋城大君は燕山君の何を極度に恐れていたのか
こうして、慎氏の機転によって晋城大君は自害をしなくて済むようになり、命拾いした。 事情を把握した晋城大君だったが、クーデターに加担することはできないと断った。彼は、自分が燕山君の廃位を狙ったと思われることに拒否反応を示したのだ。 結局、晋城大君とクーデター派の意見はまとまらず、朴元宗たちは晋城大君の許可をもらえないまま王宮への攻撃を始めた。
晋城大君の即位は『七日の王妃』と史実ではどう違うのか
皆が言った通りにしよう」 こうして使者が晋城大君の私邸に行って即位を要請した。 晋城大君は返答した。 「朝廷を守るためにこのようになされるのは当然だが、私は実に不徳が多い人間です。それゆえ、即位を受けることはできません」 このように、晋城大君は再三にわたって拒絶した。 しかし、度重なる説得を受けて、ようやくこれを認めた。
『七日の王妃』の晋城大君は史実でも母の大妃に口答えができたのか
その結果、慈順大妃が産んだ晋城大君が国王に即位する運びとなったのである。 それだけに、息子の晋城大君としては慈順大妃に口答え一つさえできなかった。 しかし、『七日の王妃』では晋城大君がチェギョンのために強烈な警告を発するほどだった。愛する妻のために尽力する姿がドラマの中で大々的に描かれていた。
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