・・・傾城の誠が金で面を張る圧制な大尽に解釈されようはずはない。変る夜ごとの枕に泣く売春婦の誠の心の悲しみは、親の慈悲妻の情を仇にしたその罪の恐しさに泣く放蕩児の身の上になって、初めて知り得るのである。「傾城に誠あるほど買ひもせず」と川柳子も已に・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・「復啓二月二十一日付を以て学位授与の儀御辞退相成たき趣御申出相成候処已に発令済につき今更御辞退の途もこれなく候間御了知相成たく大臣の命により別紙学位記御返付かたがたこの段申進候敬具」 余もまた余の所見を公けにするため、翌十三日付を以・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・内務省の地方局長の方がなお遥にえらいと思っている。大臣や金持や華族様はなおなお遥にえらいと思っている。妙な事であります。もし我々が小説家から、人間と云うものは、こんなものであると云う新事実を教えられたならば、我々は我々の分化作用の径路におい・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・俺は、お前が菜っ葉を着て、ブル達の間を全で大臣のような顔をして、恥しがりもしないで歩いていたから、附けて行ったのさ、誰にでも打っつかったら、それこさ一度で取っ捕まっちまわあな」「お前はどう思う。俺たちが何故死んじまわないんだろうと不思議・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・之を政治上に喩えて言わんに、妻が内の家事を治むるは内務大臣の如く、夫が戸外の経営に当るは外務大臣の如し。両大臣は共に一国の国事経営を負担する者にして、其官名に内外の別こそあれ、身分には軽重を見ず。然らば則ち女大学の夫に仕え云々の文は、内務大・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・を挙ぐれば河童の恋する宿や夏の月湖へ富士を戻すや五月雨名月や兎のわたる諏訪の湖指南車を胡地に引き去る霞かな滝口に燈を呼ぶ声や春の雨白梅や墨芳ばしき鴻臚館宗鑑に葛水たまふ大臣かな実方の長櫃通る夏野かな朝・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・けれども、また亡くなった鷲の大臣が持っていた時は、大噴火があって大臣が鳥の避難のために、あちこちさしずをして歩いている間に、この玉が山ほどある石に打たれたり、まっかな熔岩に流されたりしても、いっこうきずも曇りもつかないでかえって前よりも美し・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・知事や大臣にはなれなくても、せめて軍人になれば出世は力次第だから。」という親心と息子の心を吸収して、百姓の息子でも、軍人ならば大将にだって成れる道として、軍国日本に軍人の道が開かれていたのである。日本の大学は、人類の理性と学問に関するアカデ・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・ 三間打ち抜いて、ぎっしり客を詰め込んだ宴会も、存外静かに済んで、農商務大臣、大学総長、理科大学長なんぞが席を起たれた跡は、方々に群をなして女中達とふざけていた人々も、一人帰り二人帰って、いつの間にか広間がひっそりして来た。 もう十・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・ためにする気持ちが全然なければ、相手が金持ちであろうと貧乏人であろうと、大臣であろうと小使であろうと、少しも変わりはない。――ちょうどこの言葉に現わされているような態度を、私は実際に目の前に見るように感じた。 滝田樗陰のことで思い出・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫