・・・脂ぎった赭ら顔は勿論、大島の羽織、認めになる指環、――ことごとく型を出でなかった。保吉はいよいよ中てられたから、この客の存在を忘れたさに、隣にいる露柴へ話しかけた。が、露柴はうんとか、ええとか、好い加減な返事しかしてくれなかった。のみならず・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・彼はある素人下宿の二階に大島の羽織や着物を着、手あぶりに手をかざしたまま、こう云う愚痴などを洩らしていた。「日本もだんだん亜米利加化するね。僕は時々日本よりも仏蘭西に住もうかと思うことがある。」「それは誰でも外国人はいつか一度は幻滅・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・ 問題に触れるのは、お桂ちゃんの母親で、もう一昨年頃故人の数に入ったが、照降町の背負商いから、やがて宗右衛門町の角地面に問屋となるまで、その大島屋の身代八分は、その人の働きだったと言う。体量も二十一貫ずッしりとした太腹で、女長兵衛と称え・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・ちょうど緋縮緬のと並んでいた、そのつれかとも思われる、大島の羽織を着た、丸髷の、脊の高い、面長な、目鼻立のきっぱりした顔を見ると、宗吉は、あっと思った。 再び、おや、と思った。 と言うのは、このごろ忙しさに、不沙汰はしているが、知己・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・太平町の某は十四頭を、大島町の某は犢十頭を殺した。わが一家の事に就いても種々の方面から考えて惨害の感じは深くなるばかりである。 疲労の度が過ぐればかえって熟睡を得られない。夜中幾度も目を覚す。僅かな睡眠の中にも必ず夢を見る。夢はことごと・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・よい先生というものはかならずしも大学者ではない。大島君もご承知でございますが、私どもが札幌におりましたときに、クラーク先生という人が教師であって、植物学を受け持っておりました。その時分にはほかに植物学者がおりませぬから、クラーク先生を第一等・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ ある年の初夏のころ、彼は、ついに海を渡って、あちらにあった大島に上陸しました。 そこには、いまいろいろの花が、盛りと咲いていました。 彼はその島の町や、村でやはり薬の箱を負って、バイオリンを鳴らして、毎日のように歩いたのです。・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・言うと、われわれの行くところでないと辞退したので、折角七円も出したものを近所の子供の玩具にするのはもったいない、赤玉のクリスマスいうてもまさか逆立ちで歩けと言わんやろ、なに構うもんかと、当日髭をあたり大島の仕立下ろしを着るなど、少しはめかし・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・前は青田、青田が尽きて塩浜、堤高くして海面こそ見えね、間近き沖には大島小島の趣も備わりて、まず眺望には乏しからぬ好地位を占むるがこの店繁盛の一理由なるべし。それに町の出口入り口なれば村の者にも町の者にも、旅の者にも一休息腰を下ろすに下ろしよ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ねえ大島さん。」と巡査は医者のほうを向いた、大島医師は巡査が煙草を吸っているのを見て、自分も煙草を出して巡査から火を借りながら、「無論病人です。」と言って轢死者のほうをちょっと見た。すると人夫が「きのうそこの原をうろついていたのがこ・・・ 国木田独歩 「窮死」
出典:青空文庫