・・・それがしは、今日今宵この刻まで、人並、いやせめては月並みの、面相をもった顔で、白昼の往来を、大手振って歩いて来たが、想えば、げすの口の端にも掛るアバタ面! 楓どの。今のあの言葉をお聴きやったか」「いいえ、聴きませぬ。そのような、げす共の・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・ で彼は何気ない風を装うつもりで、扇をパチ/\云わせ、息の詰まる思いしながら、細い通りの真中を大手を振ってやって来る見あげるような大男の側を、急ぎ脚に行過ぎようとした。「オイオイ!」 ……果して来た! 彼の耳がガアンと鳴った。・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ 豊吉はしばらく杉の杜の陰で休んでいたが、気の弱いかれは、かくまでに零落れてその懐かしい故郷に帰って来ても、なお大声をあげて自分の帰って来たのを言いふらすことができない、大手を振って自分の生まれた土地を歩くことができない、直ちに兄の家、・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・地下の百姓を見てもすぐと理屈でやり込めるところから敬して遠ざけられ、狭い田の畔でこの先生に出あう者はまず一丁前から避けてそのお通りを待っているという次第、先生ますます得意になり眼中人なく大手を振って村内を横行していた。 その家は僕の家か・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・た清い水も濁った水も併せて飲むというような大腹中の人には、馬琴の小説はイヤに偏屈で、隅から隅まで尺度を当ててタチモノ庖丁で裁ちきったようなのが面白くなくも見えましょうが、それはそれとして置いて、馬琴の大手腕大精力と、それから強烈な自己の道義・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・る十露盤に突いて湯銭を貸本にかすり春水翁を地下に瞑せしむるのてあいは二言目には女で食うといえど女で食うは禽語楼のいわゆる実母散と清婦湯他は一度女に食われて後のことなり俊雄は冬吉の家へ転げ込み白昼そこに大手を振ってひりりとする朝湯に起きるから・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・並んだ石垣と桑畠との見える小高い耕地の上の方には大手門の残ったのが裏側から望まれた。先生はその高い瓦屋根を高瀬に指して見せた。初めて先生が小諸へ移って来た時は、その太い格子の嵌った窓と重い扉のある城門の楼上が先生の仮の住居であったという話を・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・そのうえに、海野三千雄のにせ者の一件が大手をひろげて立っていた。女に告白できるくらいなら、それができるたちの男であったなら二十一歳、すでにこれほど傷だらけにならずにすんで居たにちがいない。やがて女は、帯をほどいて、このけしの花模様の帯は、あ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・それをお母さん、ちゃんと察して、私に用事を言いつけて、私に大手をふって映画見にゆけるように、しむけて下さった。ほんとうに、うれしく、お母さんが好きで、自然に笑ってしまった。 お母さんと、こうして夜ふたりきりで暮すのも、ずいぶん久しぶりだ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・と義妹も笑い、「兄さんにしちゃ大手柄じゃないの。おかげで、うちの財産が一つ殖えたわ。」「そうだろう?」と私は少し得意みたいな気持になり、「時計が無いとね、何かと不便なものだからね。ほら、お時計だよ、」と言って、上の女の子の手にその懐中時・・・ 太宰治 「薄明」
出典:青空文庫