・・・それでも合戦と云う日には、南無阿弥陀仏と大文字に書いた紙の羽織を素肌に纏い、枝つきの竹を差し物に代え、右手に三尺五寸の太刀を抜き、左手に赤紙の扇を開き、『人の若衆を盗むよりしては首を取らりょと覚悟した』と、大声に歌をうたいながら、織田殿の身・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・彼が火の如き花の如き大文字は、淋漓たる熱血を仏国四千万の驀頭に注ぎ来れる也。 当時若しゾーラをして黙して己ましめんか、彼れ仏国の軍人は遂に一語を出すなくしてドレフューの再審は永遠に行われ得ざりしや必せり。彼等の恥なく義なく勇なきは、実に・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・というのだそうである。すぐちかくのトンネルの入口にも「天下第一」という大文字が彫り込まれていて、安達謙蔵、と署名されてある。この辺のながめは、天下第一である、という意味なのであろう。ここへ茶店を建てるときにも、ずいぶん烈しい競争があったと聞・・・ 太宰治 「富士に就いて」
・・・更衣母なん藤原氏なりけりのごときあり。我宿にいかに引くべき清水かなのごとく「いかに」「何」等の係りを「かな」と結びたるは蕪村以外にも多し。大文字近江の空もたゞならねの「ね」のごとき例も他になきにあらず、蕪村は終止言と・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・柳橋の三浦屋サ先日高尾が無理心中をしたその跡釜へ今日小紫を抱えたのサもっとも小紫は吉原の大文字に居たのだが昨日自由廃業したと、チャント今朝の『二六』に出て居るじゃないか、とまじめにいうと、アラいやだよ人を馬鹿にしてる、あなたはきっといい処が・・・ 正岡子規 「煩悶」
・・・出るにつけ入るにつけ、その四分板の大文字を見て暮す家人の胸中はどうであろう。悲しみを常に新たにされるというばかりでなく、ああいう標は、いろんないかさま師に何か思いつかせるきっかけになるのではないかと、その家に残っている女の人々の日常の感じが・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・もはや本復は覚束ないと、忠利が悟ったとき、長十郎に「末期が近うなったら、あの不二と書いてある大文字の懸物を枕もとにかけてくれ」と言いつけておいた。三月十七日に容態が次第に重くなって、忠利が「あの懸物をかけえ」と言った。長十郎はそれをかけた。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫