・・・ 途上種々の話で吾々二人は夕暮に帰宅し、その後僕は毎日のように桂に遇って互いに将来の大望を語りあった。冬期休暇が終りいよいよ僕は中学校の寄宿舎に帰るべく故郷を出立する前の晩、正作が訪ねてきた。そしていうには今度会うのは東京だろう。三四年・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・行く末のかれが大望は霧のかなたに立ちておぼろながら確かにかれの心を惹き、恋は霧のごとく大望を包みて静かにかれの眼前に立ちふさがり、かれは迷いつ、怒りつ、悲哀と激昂とにて一夜を明かせり。明けがた近くしばしまどろみしが目さめし時はかれの顔真っ蒼・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・『要するに僕は絶えず人生の問題に苦しんでいながらまた自己将来の大望に圧せられて自分で苦しんでいる不幸な男である。『そこで僕は今夜のような晩に独り夜ふけて燈に向かっているとこの生の孤立を感じて堪え難いほどの哀情を催して来る。その時僕の・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・ プラタプの何よりの大望と云うのは、魚を捕えることでした。彼は此為には沢山の時間を無駄につぶし、殆ど毎日、昼から釣をしている姿の見えぬ事はありません。彼がスバーに一番ちょくちょく会ったのも斯うやって釣をする時でした。何をするにでも、プラ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・兄の話では、今の仕事が大望のある青年としてはそう有望のものではけっしてないのだとのことであった。で、私がこのごろ二十五六年ぶりで大阪で逢った同窓で、ある大きなロシヤ貿易の商会主であるY氏に、一度桂三郎を紹介してくれろというのが、兄の希望であ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・先ず彼女は、若々しい希望に満ちた大望から、自分のよしと思う運命の方向に自分を拡大しようと決心して、人生の中に足を踏み入れる。種々雑多な苦痛や喜悦や、恍惚が、彼女の囲りを取囲むだろう。その中に、何か一つの重大な問題に面接しなければならない事に・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・あまりの大望なのでしょうか?神様。 *自分は 始め 天才かと思った。 あわれ あわれ は……。然し、その夢も 醒めた。 有難い。今は、一片の草のようにつつましく、愉しく、熱心に芸術に向って・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・売るために、所謂名のある女性だけを選び、何か書いて貰ったのは兎も角、そういうこれから何か仕ようという女性、現代の文明、女性の生活の各方面に批評を抱いて、更に一歩進めようとよき大望を抱いているだろう未知の人々の一言が、だが、あの中にどの位あっ・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・そして、自分も大望を抱いて東京へ飛出しは飛出しても、半年位後にはやせてしおしおと帰って来るか、帰るにも帰れない仕儀になったものは諸々方々に就職口をさがしあぐんだ末、故郷の人に会わされない様なみじめな仕事でも、生きるためにしなければならなくな・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・借金をしてまでの大望が娘によって裏切られた落胆についても、母はそれを率直にありのままは話さず、娘の大成のためには金銭をおしまず、堅忍をもって耐える母という風に道徳化して語った。それが又私の心に体の震えるような憎悪を呼び起すのであった。そうい・・・ 宮本百合子 「母」
出典:青空文庫