・・・ 実はせんだって大村さんがわざわざおいでになって何か演説を一つと云う御注文でありましたが、もともと拙いと知りながら御引受をするのも御気の毒の至りと心得てまずは御辞退に及びました。ところがなかなか御承知になりません。是非やれ、何でもいいか・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・南風崎、大村、諫早、海岸に沿うて遽しくくぐる山腹から出ては海を眺めると、黒く濡れた磯の巖、藍がかった灰色に打ちよせる波、舫った舟の檣が幾本も細雨に揺れ乍ら林立して居る景色。版画的で、眼に訴えられることが強い。鹿児島でも、快晴であったし、眩し・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・南風崎、大村、諫早と通過する浜の黒々と濡れた磯の巖、灰色を帯びた藍にさわめいている波の襞、舫った舟の檣が幾本となく細雨に揺れながら林立している有様、古い版画のような趣で忘られない印象を受けた風景全体の暗く強い藍、黒、灰色だけの配合色は、若し・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 九郎右衛門、宇平の二人は、大村家の侍で棒の修行を懇望するものだと云って、勧善寺に弟子入の事を言い入れた。客僧は承引して、あすの巳の刻に面会しようと云った。二人は喜び勇んで、文吉を連れて寺へ往く。小川と盗賊方の二人とは跡に続く。さて文吉・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫