・・・私たちは早速その一升を飲みはじめ、彼の大柄でおとなしそうな細君にも紹介せられ、また十三の男の子をかしらに、三人の子供も見せてもらった。 そうしてその夜、私は次のような話を彼から聞いた。 中支に二年、南方に一年いたが、いま思うとま・・・ 太宰治 「雀」
・・・全身が少し青く、けれども決して弱ってはいない。大柄の、ぴっちり張ったからだは、青い桃実を思わせた。お嫁に行けるような、ひとりまえのからだになった時、女は一ばん美しいと志賀直哉の随筆に在ったが、それを読んだとき、志賀氏もずいぶん思い切ったこと・・・ 太宰治 「美少女」
・・・それだのに体量だけはわずかの間に莫大な増加を見せて、今では白の母鳥のほうがかえってひなの中の大柄なのよりはずっと小さく見えるくらいであった。一方で例のドンファンの雄鳥はと見るとなんとなく羽色がやつれたようで、首のまわりのあの美しい黒い輪も所・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・その代りに若い女ボーイが一人居た。大柄な肥った女で、近頃はやる何とかいう不思議な髪を結って、白いエプロンを掛けていた。 前のボーイはどうしたのだろう、聞いてみたいと思いながらもとうとう何も聞かずにそこを出た。 何だか少し物足りないよ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 去年の夏数寄屋橋の電車停留場安全地帯に一人の西洋婦人が派手な大柄の更紗の服をすそ短かに着て日傘をさしているのを見た。近づいて見ると素足に草履をはいている。そうして足の指の爪を毒々しいまっかな色に染めているのであった。なんとも言われぬ恐・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・家庭が貧しくて、学校からあがるとこんにゃく売りなどしなければならなかった私は、学校でも友達が少なかったのに、林君だけがとても仲よくしてくれた。大柄な子で、頬っぺたがブラさがるように肥っている。つぶらな眼と濃い眉毛を持っていて、口数はすくない・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・栄子たちが志留粉だの雑煮だの饂飩なんどを幾杯となくお代りをしている間に、たしか暖簾の下げてあった入口から這入って来て、腰をかけて酒肴をいいつけた一人の客があった。大柄の男で年は五十余りとも見える。頭を綺麗に剃り小紋の羽織に小紋の小袖の裾を端・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・色の浅黒い眉毛の濃い大柄な女で、髪を銀杏返しに結って、黒繻子の半襟のかかった素袷で、立膝のまま、札の勘定をしている。札は十円札らしい。女は長い睫を伏せて薄い唇を結んで一生懸命に、札の数を読んでいるが、その読み方がいかにも早い。しかも札の数は・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
一 インガ・リーゼルは三十歳である。 彼女は知識階級出の党員で、今は裁縫工場の管理者として働いている。大柄な器量よしで、彼女の眼や唇は彼女の精力的な熱情を反映する美しい焔のように見える。 ・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ 今消したばっかりの蝋燭の香りが高く室に満ちて居る。 其中に座って一人ぽつねんと私は或る一人の友達の事を思って居る。 其の人の名はM子と云う。 年は私とそう違わない。 大柄な背の高い髪の毛の大変良い人だけれ共色の黒いのが・・・ 宮本百合子 「M子」
出典:青空文庫