・・・一旦破寺――西明寺はその一頃は無住であった――その庫裡に引取って、炉に焚火をして、弁当を使ったあとで、出直して、降積った雪の森に襲い入ると、段々に奥深く、やがて向うに青い水が顕われた、土地で、大沼というのである。 今はよく晴れて、沼を囲・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・何でも、この山奥に大沼というのがある?……ありますか、お爺さん。」「あるだ。」 その時、この気軽そうな爺さんが、重たく点頭した。「……阿武隈川が近いによって、阿武沼と、勿体つけるで、国々で名高い、湖や、潟ほど、大いなものではねえ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・『まさか』と自分は打消て見たが『しかし都は各種の人が流れ流れて集まって来る底のない大沼である。彼人だってどんな具合でここへ漂って来まいものでもない、』など思いつづけて坂の上まで来て下町の方を見下ろすと、夜は暗く霧は重く、ちょうどはてのな・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・「へん、気に食わない奴だ。大沼なんぞは馬鹿だけれども剛直な奴で、重りがあった。」 こう言いながら、火鉢を少し持ち上げて、畳を火鉢の尻で二、三度とんとんと衝いた。大沼の重りの象徴にする積りと見える。「今度の奴は生利に小細工をしやが・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫