・・・しかし身の丈六尺五寸、体重三十七貫と言うのですから、太刀山にも負けない大男だったのです。いや、恐らくは太刀山も一籌を輸するくらいだったのでしょう。現に同じ宿の客の一人、――「な」の字さんと言う(これは国木田独歩の使った国粋的薬種問屋の若主人・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・この仏蘭西人の笑う様子はちょうど人の好いお伽噺の中の大男か何かの笑うようである。少女は今度はけげんそうに宣教師の顔へ目を挙げた。これは少女ばかりではない。鼻の先にいる保吉を始め、両側の男女の乗客はたいてい宣教師へ目をあつめた。ただ彼等の目に・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・――話のついでですが、裸の中の大男の尻の黄色なのが主人で、汚れた畚褌をしていたのです、褌が畚じゃ、姉ごとは行きません。それにした処で、姉さんとでも云うべき処を、ご新姐――と皆が呼びましたのは。―― 万世橋向うの――町の裏店に、もと洋服の・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・主が帰って間もない、店の燈許へ、あの縮緬着物を散らかして、扱帯も、襟も引さらげて見ている処へ、三度笠を横っちょで、てしま茣蓙、脚絆穿、草鞋でさっさっと遣って来た、足の高い大男が通りすがりに、じろりと見て、いきなり価をつけて、ずばりと買って、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・彼の坊さんは草の枯れた広野を分けて衣の裾を高くはしょり霜月の十八日の夜の道を宵なので月もなく推量してたどって行くと脇道から人の足音がかるくたちどまったかと思うと大男が槍のさやをはらってとびかかるのをびっくりして逃げる時にふりかえって見ると最・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・そして大男が龍雄をとらえました。龍雄はもう逃れる途はないと知りましたから、すべてのことを正直にうちあけました。その男は酔っていました。「しようのない奴だ。俺だから許してやるのだぞ。そんなら乗せてやる。そのかわり俺は眠るから、汽車がどの停・・・ 小川未明 「海へ」
・・・ある夜、男は、いつものように静かな寝静まった町の往来を歩いていると、雲突くばかりの大男が、あちらからのそりのそりと歩いてきた。見上げると二、三丈もあるかと思うような大男である。「おまえはだれか?」と、妙な男は聞いた。「おれは電信柱だ・・・ 小川未明 「電信柱と妙な男」
・・・という眼におそれを成して、可能性の文学という大問題について、処女の如く書き出していると、雲をつくような大男の酔漢がこの部屋に乱入して、実はいま闇の女に追われて進退谷まっているんだ、あの女はばかなやつだよ、おれをつかまえて離さないんだ、清姫み・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ その途端、一人の大男が、こそこそと、然しノッポの大股で、境内から姿を消してしまったが、その男はいわずと知れた郷士鷲塚佐太夫のドラ息子の、佐助であった。 佐助は、アバタ面のほかに人一倍強い自惚れを持っていた。 その証拠に、六・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・ 何という大男! 待てよ、見覚があるぞ。矢張彼の男だ…… 現在俺の手に掛けた男が眼の前に踏反ッているのだ。何の恨が有っておれは此男を手に掛けたろう? ただもう血塗になってシャチコばっているのであるが、此様な男を戦場へ引張り出すとは、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫