・・・ 母の枕もとの盆の上には、大神宮や氏神の御札が、柴又の帝釈の御影なぞと一しょに、並べ切れないほど並べてある。――母は上眼にその盆を見ながら、喘ぐように切れ切れな返事をした。「昨夜、あんまり、苦しかったものですから、――それでも今朝は・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・金刀比羅宮、男山八幡宮、天照皇大神宮、不動明王、妙法蓮華経、水天宮。――母は、多ければ多いほど、御利益があると思ったのだろう! それ等が、殆んど紙の正体が失われるくらいにすり切れていた。――まだある。別に、紙に包んだ奴が。彼はそれを開けてみ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・それがまた一ト通のことなら宜いが、なかなかどうしてどうして少なくないので、先ず此処で数えて見れば、腰高が大神宮様へ二つ、お仏器が荒神様へ一つ、鬼子母神様と摩利支天様とへ各一つ宛、御祖師様へ五つ、家廟へは日によって違うが、それだけは毎日欠かさ・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・電車で街を縦走して、とある辻から山腹の方へ広い坂道を上がって行くと、行き止まりに新築の大神宮の社がある。子守が遊んでいる。港内の眺めが美しい。この山の頂上へ登られたら更に一層の眺めであろうと思うが地図を見ても頂上への道がない。なるほどここは・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ 二つの姿はまがって大神宮の方に見えなくなった。 仙二はフットあたりを見廻してから口笛を吹き出して何のあてどもなく足元の花をむしった。 そうして何となく重い物を抱えた様にして家にかえった。 それから後毎日夕方になるときっとそ・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・「つまり此の大神宮を昇格させようとする事なのです。そもそもの始りがです、維新の始、賊軍として、長い間反目されて居た此の東北地方に、尊王奉国の中心として大神宮を建てたらよろしかろうと云う有難い大御心から、わざわざ伊勢大廟の分祠として祭られ・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・ 斯んな村にも、厳な大神宮がある。檜と杉の森を背に、三番池を見下して居る。村に置くには勿体もないほどであるけれ共、主だった事々が行われるにはいつも、県庁の役人が出向くのが常である。 とうに別格官幣大社になるはずではあるけれ共、資産の・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・兼てこの村が附近の開発の中心地となって村役場も出来、大神宮も建てられ、そのあたり一帯は開成山とも名づけられた。 この開成山の村役場というのが、そんな東北の開墾村の役場にふさわしくないような三階建てで、屋根はコバ葺きながらなだらかな反りを・・・ 宮本百合子 「村の三代」
出典:青空文庫