・・・死んだつもりでいたのだが、この首筋ふとき北方の百姓は、何やらぶつぶつ言いながら、むくむく起きあがった。大笑いになった。百姓は、恥かしい思いをした。 百姓は、たいへんに困った。一時は、あわてて死んだふりなどしてみたが、すべていけないのであ・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・私は笑いがなかなかとまらず、ご亭主に悪いと思いましたが、なんだか奇妙に可笑しくて、いつまでも笑いつづけて涙が出て、夫の詩の中にある「文明の果の大笑い」というのは、こんな気持の事を言っているのかしらと、ふと考えました。二 とに・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・老妻が歯痛をわずらい、見かねて嘉七が、アスピリンを与えたところ、ききすぎて、てもなくとろとろ眠りこんでしまって、ふだんから老妻を可愛がっている主人は、心配そうにうろうろして、かず枝は大笑いであった。いちど、嘉七がひとり、頭をたれて宿ちかくの・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・私の小さい頃に死んだ私の里の祖父母は、よく夫婦喧嘩をして、そのたんびに、おばあさんが、でえじにしてくんな、とおじいさんに言い、私は子供心にもおかしくて、結婚してから夫にもその事を知らせて、二人で大笑いしたものでした。 私がその時それを言・・・ 太宰治 「おさん」
・・・大きい襟を指さして、よだれかけみたいだね、失敗だね、大黒様みたいだね、と言って大笑いした友人がひとりあったのでした。また、やあ君か、おまわりさんかと思った、と他意なく驚く友人もありました。北方の海軍士官は、情無く思いました。やがて、その外套・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・そうして、そのあとでやっぱり日本酒の方がいいと云って本音をはいたので大笑いになったことを覚えている。 自分もその海水浴のときに「玉ラムネ」という生れて始めてのものを飲んで新しい感覚の世界を経験したのはよかったが、井戸端の水甕に冷やしてあ・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・ 事実を確かめないで学者が机上の議論を戦わして大笑いになる例はディッケンスの『ピクウィック・ペーパー』にもあったと思うが、現実の科学者の世界にもしばしばある。例えばこんな笑い話があった。ある学会で懸賞問題を出して答案を募ったが、その問題・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・「持てたよ。地獄の鬼に!」 私は呶鳴りかえした。「何て鬼だ」「船長ってえ鬼だったよ」「大笑いさすなよ。源氏名は何てんだ?」「源氏名も船長さ」「早く帰れよ。ほんとの船長に目玉を食うぜ」「帰る所なんかねえんだよ。・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・とう。一体どうしたのですか。」「今日は木を千本、とのさまがえるに持っていかないといけないのです。まだ九本しか見つかりません。」 蟻はこれを聞いて「ケッケッケッケ」と大笑いに笑いはじめました。それから申しました。「千本持って来いと・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
・・・稜のある石は、もう大笑いです。「ベゴさん。今日は。昨日の夕方、霧の中で、野馬がお前さんに小便をかけたろう。気の毒だったね。」「ありがとう。おかげで、そんな目には、あわなかったよ。」「アァハハハハ。アァハハハハハ。」みんな大笑いで・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
出典:青空文庫