・・・その男はいつも、大腿骨を弾丸にうちぬかれた者よりも、むしろ、ひどく堪え難そうな顔をしていた。 彼等は、人が這入って来るたびに、痩せた蒼い顔を持ち上げて、期待の表情を浮べ、這入ってきた者をじっと見た。むっくり半身を起して、物ほしげな顔をす・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ところがその翌日は両方の大腿の筋肉が痛んで階段の上下が困難であった。昨日鬼押出の岩堆に登った時に出来た疲労素の中毒であろう。これでは十日計画の浅間登山プランも更に考慮を要する訳である。 宿の夜明け方に時鳥を聞いた。紛れもないほととぎすで・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・そこに、着物の上からもかすかにわかる肉の凹みがあった。大腿のところに、木刀か竹刀かで、内出血して、筋肉の組織がこわされるまで擲り叩いて重吉を拷問した丁度その幅に肉が凹んでいて、今も決して癒らずのこっているのであった。 ・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫