・・・しかし気違いでもない事がわかると、今度は大蛇とか一角獣とか、とにかく人倫には縁のない動物のような気がし出した。そう云う動物を生かして置いては、今日の法律に違うばかりか、一国の安危にも関る訣である。そこで代官は一月ばかり、土の牢に彼等を入れて・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・すると最近同氏の別荘へ七尺余りの大蛇が現れ、ヴェランダにいる猫を呑もうとした。そこへ見慣れぬ黒犬が一匹、突然猫を救いに駈けつけ、二十分に亘る奮闘の後、とうとうその大蛇を噛み殺した。しかしこのけなげな犬はどこかへ姿を隠したため、夫人は五千弗の・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・それから大きい硝子戸棚の中に太い枯れ木をまいている南洋の大蛇の前に立った。この爬虫類の標本室はちょうど去年の夏以来、三重子と出合う場所に定められている。これは何も彼等の好みの病的だったためではない。ただ人目を避けるためにやむを得ずここを選ん・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・風船乗り、大蛇、鬼の首、なんとか言う西洋人が非常に高い桿の上からとんぼを切って落ちて見せるもの、――数え立てていれば際限はない。しかしいちばんおもしろかったのはダアク一座の操り人形である。その中でもまたおもしろかったのは道化た西洋の無頼漢が・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・猿芝居、大蛇、熊、盲目の墨塗――――西洋手品など一廓に、どくだみの花を咲かせた――表通りへ目に立って、蜘蛛男の見世物があった事を思出す。 額の出た、頭の大きい、鼻のしゃくんだ、黄色い顔が、その長さ、大人の二倍、やがて一尺、飯櫃形の天窓に・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・饂飩酒場の女房が、いいえ、沼には牛鬼が居るとも、大蛇が出るとも、そんな風説は近頃では聞きませんが、いやな事は、このさきの街道――畷の中にあった、というんだよ。寺の前を通る道は、古い水戸街道なんだそうだね。」「はあ、そうでなす。」「ぬ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ははあ、膝栗毛時代に、峠路で売っていた、猿の腹ごもり、大蛇の肝、獣の皮というのはこれだ、と滑稽た殿様になって件の熊の皮に着座に及ぶと、すぐに台十能へ火を入れて女中さんが上がって来て、惜し気もなく銅の大火鉢へ打ちまけたが、またおびただしい。青・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ころとよわいところでは震動のはげしさもちがいますが、本所のような一ばんひどかった部分では、あっと言って立ち上ると、ぐらぐらゆれる窓をとおして、目のまえの鉄筋コンクリートだての大工場の屋根瓦がうねうねと大蛇が歩くように波をうつと見るまに、その・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・いまは、ささやかなお宮ですが、その昔は非常に大きい神社だったそうで、なんだか、八岐の大蛇の話に似ているようなところもあるではございませんか。決して、こだわるわけではありませぬが、作陽誌によりますると、そのハンザキの大きさが三丈もあったという・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・三郎があとからかけつけた時には、八郎はおそろしい大蛇になって川を泳いでいた。八郎やあ、と呼ぶと、川の中から大蛇が涙をこぼして、三郎やあ、とこたえた。兄は堤の上から弟は川の中から、八郎やあ、三郎やあ、と泣き泣き呼び合ったけれど、どうする事も出・・・ 太宰治 「魚服記」
出典:青空文庫