・・・机の上に何だか面白そうな本を広げて右の頁の上に鉛筆で註が入れてある。こんな閑があるかと思うと羨ましくもあり、忌々しくもあり、同時に吾身が恨めしくなる。「君は不相変勉強で結構だ、その読みかけてある本は何かね。ノートなどを入れてだいぶ叮嚀に・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・そうして椅子を立ち上がって、書棚の中から黒い表紙の小形の本を出して、そのうちの或頁を朗々と読み始めた。しばらくすると、本を伏せてどうだと聞かれた。正直の所余には一言も解らなかったから、一体それは英語ですかと聞いた。すると先生は天来の滑稽を不・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ここに三四頁ばかり書いたノートがあります。これから御話をする事はこの三四頁の内容に過ぎんのでありますからすらすらとやってしまうと十五分くらいですぐすんでしまう。いくらついでにする演説でもそれではあまり情ない。からこの三四頁を口から出まかせに・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・の第一頁を読むだけでも、独逸的軍隊教育の兵式体操を課されたやうで、身体中の骨節がギシギシと痛んで来る。カントは頭痛の種である。しかし一通り読んでしまへば、幾何学の公理と同じく判然明白に解つてしまふ。カントに宿題は残らない。然るにニイチェはど・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎から巨きな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒な頁いっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。それをカムパネルラが忘れる筈もなかったのに、・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・そして樺の木はその時吹いて来た南風にざわざわ葉を鳴らしながら狐の置いて行った詩集をとりあげて天の川やそらいちめんの星から来る微かなあかりにすかして頁を繰りました。そのハイネの詩集にはロウレライやさまざま美しい歌がいっぱいにあったのです。そし・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・戦争中、一頁ごとに米鬼を殺せと刷りこんだ血なまぐさい雑誌だったことを、すべての日本の婦人が忘れてしまったとでもいうのだろうか。そう簡単には考えられない。某誌が軍部御用の先頭に立っていた時分、良人や息子や兄弟を戦地に送り出したあとのさびしい夜・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・五日に二度発行、十頁、オムスク鉄道バラビンスキー停車場内鉄道従業員組合ウチーク・そこが編輯所である。モスクワ発行の『イズヴェスチア』『プラウダ』なんかはもうどんなにしたって二十五日以後のものはよめっこない。我々は特急にのっている。我々の列車・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ だから、パラッと頁をくって見て、買わない人もうんとあるだろう。自分は、こういうかたで書いた本はこれを最後にしようと思っている。 しかし、これはこれで、又役に立てようがあるのだ。 第一、ソヴェト同盟について、革命以来伝えられてい・・・ 宮本百合子 「若者の言葉(『新しきシベリアを横切る』)」
終始末期を連続しつつ、愚な時計の振り子の如く反動するものは文化である。かの聖典黙示の頁に埋れたまま、なお黙々とせる四騎手はいずこにいるか。貧、富、男、女、層々とした世紀の頁の上で、その前奏に於て号々し、その急速に於て驀激し・・・ 横光利一 「黙示のページ」
出典:青空文庫