・・・ と暗闇に声を掛けたが、答えず、思わぬ大金をもらって気が変になったのか強くなったのか、こともあろうにそれは見習弟子だとやがて判った。抗、半分はうるさいという気持から、いきなり振り向いて、「何か用ですの」 と、きめつけてやる気にな・・・ 織田作之助 「雨」
・・・酒をのむと気が大きくなり、ふらふらと大金を使ってしまう柳吉の性分を知っていたので、蝶子はヒヤヒヤしたが、売物の酒とあってみれば、柳吉も加減して飲んだ。そういう飲み方も、しかし、蝶子にはまた一つの心配で、いずれはどちらへ廻っても心配は尽きなか・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 豹吉が言うと、お加代もはじめて微笑して、「亀公にしてはめずらしい大金ね。拾ったの?」 と、冷かすと、亀吉はふっと唇をとがらせて、「何をぬかす。拾った金なら届けるわい」「じゃ、掏った金なら持ってるの……」「そや」・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・さて月謝を沢山出した挙句に、いよいよ真物真筆を大金で買う。嬉しいに違いない、自慢をしてもよいに違いない。嬉しがる、自慢をする。その大金は喜悦税だ、高慢税だ。大金といったって、十円の蝦蟇口から一円出すのはその人に取って大金だが、千万円の弗箱か・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・それから十日ほど経って、こんどは大谷さんがひとりで裏口からまいりまして、いきなり百円紙幣を一枚出して、いやその頃はまだ百円と言えば大金でした、いまの二、三千円にも、それ以上にも当る大金でした、それを無理矢理、私の手に握らせて、たのむ、と言っ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・五十円と言えば大金である。五十円あれば、どこかの親子五人が、たっぷりひとつきにこにこして暮せるのである。どこかの女の子の盲目にちかい重い眼病をさえ完全になおせるのである。あによめも、できればもっと多くを送りたかったのであろうが、あによめ自身・・・ 太宰治 「花燭」
・・・いったいお前は、どこから、そんな大金を算段出来たの?」 父は酒と煙草とおいしい副食物のために、いつもお金に窮して、それこそ、あちこち、あちこちの出版社から、ひどい借金をしてしまって、いきおい家庭は貧寒、母の財布には、せいぜい百円紙幣三、・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・お辞儀をして、どうやら一円紙幣を十枚ちかく集める事が出来て、たいへんな意気込みで家へ帰ってまいりましたが、忘れも致しません、残暑の頃の夕方で女房は縁側で両肌を脱ぎ髪を洗っていまして、私が、おいきょうは大金を持って来たよ、と言い、その紙幣を見・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・思いがけぬ大金ころがりこんで、お金お返しできますから、と事務的の口調で言って、場所は、帝国ホテル、と附け加えた。華麗豪壮の、せめて、おわかれの場を創りあげたかった。 その日、快晴、談笑の数刻の後、私はお金をとり出し、昨夜の二十枚よりは、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・この身仕度は少しく苦笑の仕草に似たれども、老生の上顎は御承知の如く総入歯にて、之を作るに二箇月の時日と三百円の大金を掛申候ものに御座候えば、ただいま松の木の怪腕と格闘して破損などの憂目を見てはたまらぬという冷静の思慮を以てまず入歯をはずし路・・・ 太宰治 「花吹雪」
出典:青空文庫