・・・彼等の枕に響いたのは、ちょうどこの国の川のように、清い天の川の瀬音でした。支那の黄河や揚子江に似た、銀河の浪音ではなかったのです。しかし私は歌の事より、文字の事を話さなければなりません。人麻呂はあの歌を記すために、支那の文字を使いました。が・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・――何だか、天の川を誘い合って、天女の簪が泳ぐようで、私は恍惚、いや茫然としたのですよ。これは風情じゃ……と居士も、巾着じめの煙草入の口を解いて、葡萄に栗鼠を高彫した銀煙管で、悠暢としてうまそうに喫んでいました。 目の前へ――水が、向う・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・雲と水と申したけれど、天の川と溝の流れと分れましては、もはやお姿は影も映りますまい。お二方様とも、万代お栄えなされまし。――静御前様、へいへいお供をいたします。夫人 お待ちなさい、爺さん。(決意を示し、衣紋私がお前と、その溝川へ流れ込ん・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・乳色の天の川が、ほのぼのと夢のように空を流れています。星は真珠のように輝いています。その夜、町の方からは、これまでにないよい音色が聞こえてきました。その音はいつもよりにぎやかそうで、また複雑した音色のように思われました。さよ子はまたそこまで・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・円山、それから東山。天の川がそのあたりから流れていた。 喬は自分が解放されるのを感じた。そして、「いつもここへは登ることに極めよう」と思った。 五位が鳴いて通った。煤黒い猫が屋根を歩いていた。喬は足もとに闌れた秋草の鉢を見た。・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 女星は早くも詩人が庭より立ち上る煙を見つけ、今宵はことのほか寒く、天の河にも霜降りたれば、かの煙たつ庭に下りて、たき火かきたてて語りてんというに、男星ほほえみつ、相抱きて煙たどりて音もなく庭に下りぬ。女星の額の玉は紅の光を射、男星のは・・・ 国木田独歩 「星」
・・・別るるや夢一とすぢの天の河 倉田百三 「人生における離合について」
・・・遠く青白く流れているような天の川も、星のすがたも、よくはおげんの眼に映らなかった。弟の仕事部屋に上って見ると、姉弟二人の寝道具が運ばさせてあって、おげんの分だけが寝るばかりに用意してあった。おげんは寝衣を着かえるが早いか、いきなりそこへ身を・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 一例として「荒海や佐渡に横とう天の川」という句をとって考えてみる。西洋人流の科学的な態度から見た客観的写生的描写だと思って見れば、これは実につまらない短い記載的なセンテンスである。最も有利な見方をしても結局一枚の水彩画の内容の最も簡単・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・最初に軒端の廻燈籠と梧桐に天の河を配した裏絵を出したら幸運にそれが当選した。その次に七夕棚かなんかを出したら今度は見事に落選した。その後子規に会ったとき「あれはまずい、前のと別人のようだと不折が云っていた」と云われた。その後に冬木立の逆様に・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
出典:青空文庫