・・・ 卯の天保銭めが!」 麦を踏み荒されたばかりで敷地となる田も畠もない持たない小作人は、露骨な反感を現わした。「うちの田は、ちょっとのことではずれくさった。もう五間ほどあの電車道が、西へ振っとったら、うちにもボロイ銭が這入って来るんじ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ベンチに大きな天保銭の形がくっつけてある。これはいわゆる天保銭主義と称する主義の宣伝のためにここに寄附されたものらしい。 絵でも描くような心持がさっぱりなくなってしまったので、総持寺見物のつもりで奥へはいって行った。花崗岩の板を贅沢に張・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・だれかが試みに一銭銅貨と天保銭を出して、どちらでもいいほうを取れと言ったらはっきりと天保銭を選んだといううわさがあった。また、その生きている頭蓋骨をとっくにどこかの病院に百円とかで売ってあるのだという話もあった。 七味唐辛子を売り歩く男・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・中味を棄てて輪廓だけを畳み込むのは、天保銭を脊負う代りに紙幣を懐にすると同じく小さな人間として軽便だからである。 この意味においてイズムは会社の決算報告に比較すべきものである。更に生徒の学年成績に匹敵すべきものである。僅一行の数字の裏面・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・は、「天保銭の行方」の一部として「一切私が口をはさまない」「Y君の話」実録的な小説として発表されている。「一時機」が五・一五から語り出され「チミはナヌスとったか」と侮蔑的に第一部長の東北弁をまねられているところも、「嵐のあとさき」昭和七年度・・・ 宮本百合子 「作家は戦争挑発とたたかう」
出典:青空文庫