・・・の功利的満足を与えんとはせずに、常に彼らを高め、導き、精神的法悦と文化的向上とに生きる高貴なる人格たらんことをすすめ、かくて理想的共同体を――究竟には聖衆倶会の地上天国を建設せんがために、自己を犠牲にして奔命する者、これこそまことの予言者で・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・声も美しくエス・キリスト、さては天国の歓喜をほめたたえて、重荷に苦しむものや、浮き世のつらさの限りをなめたものは、残らず来いとよび立てました。 おばあさんはそれを聞きましたが、その日はこの世も天国ほどに美しくって、これ以上のものをほしい・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 斯うやって彼等は親の務めを兎に角済ませたから、スバーの親達には此世の幸福と天国の安らかさが、真個に与えられると云うのでしょうか。花婿の仕事は西の方にあったので、結婚して間もなく、彼は妻を其処へ連れて行きました。 然し、十日も経たないう・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・昔天国の門に立たせて置かれた、あの天使のように、イエスは燃える抜身を手にお持になって、わたくしのいる檻房へ這入ろうとする人をお留なさると存じます。わたくしはこの檻房から、わたくしの逃げ出して来た、元の天国へ帰りたくありません。よしや天使が薔・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマス、痴の集り、ぞろぞろあの人について歩いて、脊筋が寒くなるような、甘ったるいお世辞を申し、天国だなんて馬鹿げたことを夢中で信じて熱狂し、その天国が近づいたなら、あいつらみんな右大臣、左大臣にでもなるつもりなのか・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・わが名は安易の敵、有頂天の小姑、あした死ぬる生命、お金ある宵はすなわち富者万燈の祭礼、一朝めざむれば、天井の板、わが家のそれに非ず、あやしげの青い壁紙に大、小、星のかたちの銀紙ちらしたる三円天国、死んで死に切れぬ傷のいたみ、わが友、中村地平・・・ 太宰治 「喝采」
・・・焼かれた後で、天国へ行くか地獄へ行くか、それは神様まかせだけれども、ひょっとしたら、私は地獄へ落ちるかも知れないわ。生れた時には、今みたいに、こんな賤しいていたらくではなかったのです。後になったらもう二百円紙幣やら千円紙幣やら、私よりも有難・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・クリストに云わせても、それほどに健康ではち切れそうだと、狭い天国の門を潜るにも都合が悪いであろう。 あえて半分風邪を引くことを人にすすめるのではない。弱いものの負惜しみの中にも半面の真があるというだけの話である。 星の世界の住民が大・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・遠い美しい夢の天国が夕ばえの雲のかなたからさし招いているようなものであった。 当時の自分のこの「油絵」の貧しいコレクションの中には「シヨンの古城」があった。それからたしかルツェルンかチューリヒ湖畔の風景もあった。スイスの湖水と氷河の幻は・・・ 寺田寅彦 「青衣童女像」
・・・台湾の中央山脈を測量した時などは、蛮人百二十名巡査十五名を従え軍隊組織で行列二里にわたり、四日間の露営をしたそうであるが、これらは民間登山家などには味わうことのできない一種の天国行軍であろうと思われる。 とにかく、これだけの艱難辛苦によ・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
出典:青空文庫