・・・私は、あわてて失恋の歌を書き綴った。以後、女は、よそうと思った。 何もない。失うべき、何もない。まことの出発は、ここから? 笑い。これは、つよい。文化の果の、花火である。理智も、思索も、数学も、一切の教養の極致は、所詮、抱・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・「自分の足袋のやぶれが気にかかって、それで、失恋してしまった晩もある。」「ねえ、私の顔、どう?」Kは、まともに顔をちか寄せる。「どう、って。」私は顔をしかめる。「きれい?」よそのひとのような感じで、「わかく見える?」 私・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・ そうして、いったいこれは、どちらが失恋したという事になるのかと言えば、私には、どうしても、失恋したのは私のほうだというような気がしているのですけれども、しかし、失恋して別段かなしい気も致しませんから、これはよっぽど変った失恋の仕方だと・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・三日ごはん食べずに平気、そのかわり、あの、握りの部分にトカゲの顔を飾りつけたる八円のステッキ買いたい。失恋自殺の気持ちが、このごろになってやっと判ってまいりました。花束を持って歩くことと、それから、この、失恋自殺と、二つながら、中学校、高等・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・あなたじゃないのよあなたじゃないあなたを待っていたのじゃないちょっといいね、これは。失恋の歌だそうだよ。あわれじゃないか。まあ一つ飲め。いや、僕のはまだここに一ぱいあります。どうも、これは・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・たとえば、われわれは自分の失恋を詩にすることもできると同時に、真間の手児奈やウェルテルの歌を作ることもできるのである。 探偵小説と称するごときものもやはり実験文学の一種であるが、これが他のものと少しばかりちがう点は、何かしら一つの物を隠・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 文学の世代的な性格に即して云えば、石川達三、丹羽文雄、高見順などという諸作家が新進として登場した当時、一時代前の新進は女に捨てられたり失恋したりして小説をかいて来ていたものだが、現代の新人は反対に女を足場にして登場した、ということが云・・・ 宮本百合子 「職業のふしぎ」
出典:青空文庫