・・・大星だか由良之助だかで、鼻を衝く、鬱陶しい巴の紋も、ここへ来ると、木曾殿の寵愛を思い出させるから奥床しい。」 と帯を解きかけると、ちゃぶり――という――人が居て湯を使う気勢がする。この時、洗面所の水の音がハタとやんだ。 境はためらっ・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・報導班員として武田さんほど何も書かなかった作家は稀有である。奥床しい態度であった。帰還後一、二作発表したが、武田さんの野心はまだうかがえなかった。象徴の門の入口まで行って、まだ途まどいしていた。終戦になった。私は武田さんは何を書くだろうかと・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・風号び雲走り、怒濤澎湃の間に立ちて、動かざること巌の如き日蓮上人の意気は、壮なることは壮であるが、煙波渺茫、風静に波動かざる親鸞上人の胸懐はまた何となく奥床しいではないか。 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・の姉様なんかはまるで何なかたで却って妹様ばかり御苦労なさって居らっしゃるんでございますからねー、空は晴れてもまだ雪の消えなくて空と土面との境はうす紅とうす紫にかすんで、残った雪の銀のようにかがやく月に奥床しいかざりの女車に召して御出になった・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫