・・・貧乏は悪徳である、貧者はその自覚の抑圧に苦しみ、富の美徳を獲得せんと焦慮するために働きあるいは盗み奪う……」 呉服の地質の種類や品位については全く無知識な自分も、染織の色彩や図案に対しては多少の興味がある。それで注意して見ると、近ごろ特・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・と同時に、この講演に来る前あなた方が経験された事、すなわち途中で雨が降り出して着物が濡れたとか、また蒸し暑くて途中が難儀であったとかいう意識は講演の方が心を奪うにつれて、だんだん不明暸不確実になってくる。またこの講演が終って場外に出て涼しい・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・突然として破天荒の作物を天降らせて評家の脳を奪う事がある。中学の課目は文部省できめてある。課目以外の答案を出して採点を求める生徒は一人もない。したがって教師は融通が利かなくてもよい。造物主は白い烏を一夜に作るかも知れぬ。動物学者は白い烏を見・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・わたしたち人民の判断を、公平で、明朗で、正確なものにするためになくてはならない現実の材料を奪うために、政府はどんな手段をとってきているかが分ります。 ファシズムに対するわたしたちの闘いには、これらのデマゴギーと挑発によって事実を不正確に・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・当時はまだ、作家の生活権を奪うということからの抗議に対しては内務省も保護観察所も、耳を傾けなければならない立場だった。同じ事情におかれた評論家の中には、早速内務省へ個別的に自分の思想的立場を釈明した文書を出した人があり、そういう人にはすぐ特・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・そして、果して現在方向づけられているようにアフリカへ向って、リビヤへ向って、エチオピヤへ向って土着種族から生活権を奪うことが、イタリーの文化人にとって最も望ましい唯一の脱出の道と考えられているのであろうか。私どもに考えさせる少からぬものがこ・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ 初めは、奪う愛は誤っている、与える愛でなければならないと細君の教育や家政への手助けや大いに努めるが、やがて「それでは男の精神が寂しい。行動では我ままをしてもいいのだ。奪われる愛というものも、特に女にとっては在っていいのだ」というところ・・・ 宮本百合子 「「結婚の生態」」
・・・花は花であるからこそいきいきとして目と心を奪う花なのではないだろうか。お花といわれると私たちは仏さんのお花という連想があったり、お花のけいこにつながったり、花そのものには不用な形式的なものをつけ加えられる。子供のための文学の作者のよい感覚は・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・ 温情主義で搾取して、慈善設備でプロレタリアの母から子を奪う資本主義の文明をわれわれは徹底的に批判しなければならない。 女も手を握り、階級として立ち、せめて、よろこんで母になる権利を認めるプロレタリアの社会を一日も早くつくろうではな・・・ 宮本百合子 「「市の無料産院」と「身の上相談」」
・・・ 非道な力は終焉に瀕している、それだからこそ国際的な民主主義者の生命を奪うようなことさえせざるを得なくなって来ていることを、尾崎秀実氏は明瞭に知っていた。家族の方々の今後の生活方針について細々と書かれている中に、金銭の価値の変化によせて・・・ 宮本百合子 「人民のために捧げられた生涯」
出典:青空文庫