・・・ わたくしは西洋種の草花の流行に関して、それは自然主義文学の勃興、ついで婦人雑誌の流行、女優の輩出などと、ほぼ年代を同じくしていたように考えている。入谷の朝顔と団子坂の菊人形の衰微は硯友社文学とこれまたその運命を同じくしている。向島の百・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・浪花節も聞こう。女優の鞦韆も下からのぞこう。沙翁劇も見よう。洋楽入りの長唄も聞こう。頼まれれば小説も書こう。粗悪な紙に誤植だらけの印刷も結構至極と喜ぼう。それに対する粗忽干万なジゥルナリズムの批評も聞こう。同業者の誼みにあんまり黙っていても・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 三 同じ年の五月に、わたしがその年から数えて七年ほど前に書いた『三柏葉樹頭夜嵐』という拙劣なる脚本が、偶然帝国劇場女優劇の二の替に演ぜられた。わたしが帝国劇場の楽屋に出入したのはこの時が始めてである。座附女優諸・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・当時を顧ると、時世の好みは追々芸者を離れて演劇女優に移りかけていたので、わたくしは芸者の流行を明治年間の遺習と見なして、その生活風俗を描写して置こうと思ったのである。カッフェーの女給はその頃にはなお女ボーイとよばれ鳥料理屋の女中と同等に見ら・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・ ラインハルトの下で女優となったエリカ・マンは、やがてハンブルグでおなじ俳優であるグリュントゲンスと結婚した。グリュントゲンスは才能はあったが、あとではナチスに加って、ベルリン国立劇場支配人と立身したような性格であったため、エリカの結婚・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・にしろ、ポーラ・ネグリがいかにも女優としての力量を示した「マズルカ」にしろ、実にその多くが、母の悲しい犠牲にたたされていることである。女の生活のそういう悲しみ、諦めの面にふれて来ると、西洋の社会でも日本の社会でも、ちがいは殆んどないように見・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ 私ども素人の目にはクリスチアーナに扮したランツィという女優も貧寒であるし、ルドヴィッチ中尉に扮した俳優チェンタに特色も認められなかった。概して云えば技術的に後れている平凡な軍事的沙漠映画の印象であった。それがファッショの国では恐らく名・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
久し振りで女優劇を観る。 番組に一通り目を通しただけでも、いつもながら目先の変化に苦心してある様子が窺われる。一番目「恋の信玄」から始って、チェーホフの喜劇「犬」に至る迄、背景として取入れられている外国の名を列挙したば・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・日本の女としてロダンに紹介するには、も少し立派な女が欲しかったと思ったのである。 そう思ったのも無理は無い。花子は別品ではないのである。日本の女優だと云って、或時忽然ヨオロッパの都会に現れた。そんな女優が日本にいたかどうだか、日本人には・・・ 森鴎外 「花子」
・・・何とも言いようのない沈んだ心持ちが人々を襲って来る。女優の衣裳箱の調べが済むまでにはずいぶん永い時間が掛かった。バアルは美しい快活な少女を捕えてむだ話をしていたが、その娘は何の気なしにこういう話をした。「昨晩私のそばにいた貴婦人がひとり急に・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫