・・・後になったらもう二百円紙幣やら千円紙幣やら、私よりも有難がられる紙幣がたくさん出て来ましたけれども、私の生れたころには、百円紙幣が、お金の女王で、はじめて私が東京の大銀行の窓口からある人の手に渡された時には、その人の手は少し震えていました。・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・凱旋の女王の如く、誇らしげに胸を張って、ドミチウスや、おまえの世の中が来た、と叫び、ネロを抱いて裸足のまま屋外に駈け出し、花一輪無き荒磯を舞うが如く歩きまわり、それから立ちどまって永いことすすり泣いた。 アグリパイナはロオマへ帰って来て・・・ 太宰治 「古典風」
・・・「ここの庭では、やはり私が女王だわ。いまはこんなに、からだが汚れて、葉の艶も無くなっちゃったけれど、これでも先日までは、次々と続けて十輪以上も花が咲いたものだわ。ご近所の叔母さんたちが、おお綺麗と言ってほめると、ここの主人が必ずぬっ・・・ 太宰治 「失敗園」
・・・市ヶ谷の女学校に徒歩で通っていたのですが、あのころは、私は小さい女王のようで、ぶんに過ぎるほどに仕合せでございました。父が四十で浦和の学務部長をしていたときに私が生れて、あとにも先にも、子供といえば私ひとりだったので、父にも母にも、また周囲・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・清潔に皮膚が張り切っていて、女王のようである。老夫婦にからだをまかせて、ときどきひとりで薄く笑っている。白痴的なものをさえ私は感じた。すらと立ちあがったとき、私は思わず眼を見張った。息が、つまるような気がした。素晴らしく大きい少女である。五・・・ 太宰治 「美少女」
・・・王子は、その気高い女王さまに思わず軽くお辞儀をした。「不思議な事もあるものだ。」と魔法使いの老婆は、首をかしげて呟いた。「こんな筈ではなかった。蝦蟇のような顔の娘が、釜の中から這って出て来るものとばかり思っていたが、どうもこれは、わしの・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・プーシキンの短編にもカルタのスペードの女王がまたたきをする話があるが、とにかくわれわれの神経が特殊な状態に緊張されると、こんな錯覚が生じるものと見える。それよりも不思議な錯覚は、夜床の中で目をねむって闇の中を見つめるようにすると、そこに絵の・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・いちど女王にしてくれたら、あしたは死んでもいいんだけど。」 となりの黒斑のはいった花がすぐ引きとって云いました。「それはもちろんあたしもそうよ。だってスターにならなくたってどうせあしたは死ぬんだわ。」「あら、いくらスターでなくっ・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
くだものの畑の丘のいただきに、ひまはりぐらゐせいの高い、黄色なダァリヤの花が二本と、まだたけ高く、赤い大きな花をつけた一本のダァリヤの花がありました。 この赤いダァリヤは花の女王にならうと思ってゐました。 風が南か・・・ 宮沢賢治 「まなづるとダァリヤ」
・・・ 銀の霧 月の黄金 その中に再び我名を呼ばれるまで私は想いの国の女王である。 宮本百合子 「秋霧」
出典:青空文庫