・・・遙かむこうに、もっくりと、この地方独特に孤立した山が一つ見えていてその前景は柿が色づき、女郎花が咲く細かい街裏の情景である。 私たちの用事は、この町の公会堂にあった。ひるになったとき、先発している人の弁当をもって、私が公会堂へゆくことに・・・ 宮本百合子 「琴平」
・・・ 向う岸にならんで居る木の小さく見えるほどの大きさ、まわりの草は此の頃の時候に思い思いの花を開いてみどり色にすんだ水と木々のみどり、うすき、うす紅とまじって桔梗の紫、女郎花の黄、撫子はこの池の底の人をしのばすようにうす紅にほんのりと、夜・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・車のいずるにつれて、蘆の葉まばらになりて桔梗の紫なる、女郎花の黄なる、芒花の赤き、まだ深き霧の中に見ゆ。蝶一つ二つ翅重げに飛べり。車漸く進みゆくに霧晴る。夕日木梢に残りて、またここかしこなる断崖の白き処を照せり。忽虹一道ありて、近き山の麓よ・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫