・・・「それもやはり都の好みじゃ。この島ではまず眼の大きい、頬のどこかほっそりした、鼻も人よりは心もち高い、きりりした顔が尊まれる。そのために今の女なぞも、ここでは誰も美しいとは云わぬ。」 わたしは思わず笑い出しました。「やはり土人の・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・これは何も彼等の好みの病的だったためではない。ただ人目を避けるためにやむを得ずここを選んだのである。公園、カフェ、ステエション――それ等はいずれも気の弱い彼等に当惑を与えるばかりだった。殊に肩上げをおろしたばかりの三重子は当惑以上に思ったか・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・……先達って、奥様がお好みのお催しで、お邸に園遊会の仮装がございました時、私がいたしました、あの、このこしらえが、余りよく似合ったと、皆様がそうおっしゃいましたものでございますから、つい、心得違いな事をはじめました。あの……後で、御前様が御・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 黒の洋服で雪のような胸、手首、勿論靴で、どういう好みか目庇のつッと出た、鉄道の局員が被るような形なのを、前さがりに頂いた。これにてらてらと小春の日の光を遮って、やや蔭になった頬骨のちっと出た、目の大きい、鼻の隆い、背のすっくりした、人・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・僕は『あけび』を好み民子は野葡萄をたべつつしばらく話をする。 民子は笑いながら、「政夫さんは皸の薬に『アックリ』とやらを採ってきて学校へお持ちになるの。学校で皸がきれたらおかしいでしょうね……」 僕は真面目に、「なアにこれは・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・あの厳しい顔に似合わず、(野暮粋とか渋いとかいう好みにも興味を持っていて相応に遊蕩もした。そういう方面の交際を全く嫌った私の生野暮を晒って、「遊蕩も少しはして見ないとホントウの人生が解らんものだ、一つ何処かイイ処へ案内しようじゃないか、」と・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・星たちは、騒がしいことは好みませんでした。なぜというに、星の声は、それはそれはかすかなものであったからであります。ちょうど真夜中の一時から、二時ごろにかけてでありました。夜の中でも、いちばんしんとした、寒い刻限でありました。「いまごろは・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・ これは、私にとって、特殊的な場合でありますが、長男は、来年小学校を出るのですが、図画、唱歌、手工、こうしたものは自からも好み、天分も、その方にはあるのですが、何にしても、数学、地理、歴史というような、与えられたる事実を記憶したりする学・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・と海老原は知っていて、わざと私の顔は見ずに、「――オダサク好みだね。併し君もこういう話ばっかし書いているから……」「発売禁止になる……」と言い返すと、いやそれもあるがと、注がれたビールを一息に飲んで、「――それよりもそんな話ばか・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そして私の好みに従って、他アやんと呼ぶことにする。 他アやんは大阪の南で喫茶店をひらいている。この南というのは、大阪の人がよく「南へ行く」と言っているその南のことであり、私もまた屡「南へ行く」たびに他アやんの店へ寄っていたから、他アやん・・・ 織田作之助 「起ち上る大阪」
出典:青空文庫