・・・いる表通りよりも、道端の地蔵の前に蝋燭や線香の火が揺れていたり、格子の嵌ったしもた家の二階の蚊帳の上に鈍い裸電燈が点っているのが見えたり、時計修繕屋の仕事場のスタンドの灯が見えたりする薄暗い裏通りを、好んで歩くのだった。 その頃はもう事・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ ところが、この誰れもきらいな外米を、好んで買う者もある。しかも内地米を混合せず、外米ばかりを買うのである。 それは麦を主食としている農民たちで、その地方には田がなく、金儲けの仕事もすくなく土地の条件にめぐまれない環境にある人々だ。・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・黒岩涙香、森田思軒などの、飜訳物をも、好んで読む。どこから手に入れて来るのか、名の知れぬ同人雑誌をたくさん集めて、面白いなあ、うまいなあ、と真顔で呟きながら、端から端まで、たんねんに読破している。ほんとうは、鏡花をひそかに、最も愛読していた・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・黒岩涙香、森田思軒などの飜訳をも、好んで読む。どこから手に入れて来るのか、名の知れぬ同人雑誌をたくさん集めて、面白いなあ、うまいなあ、と真顔で呟きながら、端から端まで、たんねんに読破している。ほんとうは、鏡花をひそかに、最も愛読していた。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・とにかく大変人は模倣を喜ぶものだということ、それは自分の意志からです、圧迫ではないのです。好んで遣る、好んで模倣をするのです。 同時に世の中には、法律とか、法則とかいうものがあって、これは外圧的に人間というものを一束にしようとする。貴方・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・洒堂の句の物二、三取り集むるというは鳩吹くや渋柿原の蕎麦畑刈株や水田の上の秋の雲の類なるべく、洒堂また常に好んでこの句法を用いたりとおぼし。しかれども洒堂のこれらの句は元禄の俳句中に一種の異彩を放つのみならず、その品格よ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・あるいは、画家が好んでなしたところを、その「好んでなした」のゆえに非難せられるのだからである。従って非難は特にこの画家に当たるのではなく、この画家の態度を認容する現代日本画の手法そのものに当たるのだと承知していただきたい。『いでゆ』が我・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・宗教は予を制圧する権威でなかったがゆえに好んで近づいたが、しかし何らかの権威を感じなければならない境地までは決してはいって行かなかった。むしろそれを他の権威に対する反逆の道具に使ったに過ぎなかった。ついには生活そのものの権威に対してまでも反・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫