・・・学生時代にはベエスボールの選手だった、その上道楽に小説くらいは見る、色の浅黒い好男子なのです。新婚の二人は幸福に山の手の邸宅に暮している。一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。……… 主筆 勿論震災前でしょう・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・色の白い、優しい目をした、短い髭を生やしている、――そうさな、まあ一言にいえば、風流愛すべき好男子だろう。」「若槻峯太郎、俳号は青蓋じゃないか?」 わたしは横合いから口を挟んだ。その若槻という実業家とは、わたしもつい四五日前、一しょ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 少佐がどうして彼を従卒にしたか、それは、彼がスタイルのいい、好男子であったからであった。そのおかげで彼は打たれたことはなかった。しかし、彼は、なべて男が美しい女を好くように、上官が男前だけで従卒をきめ、何か玩弄物のように扱うのに反感を・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 好男子で、スンなりとのびた白い手に指環のよく似合う予審判事がそう云って、ベルを押した。ドアーの入口で待っていた特高が、直ぐしゃちこばった恰好で入ってきた。判事の云う一言々々に句読点でも打ってゆくように、ハ、ハア、ハッ、と云って、その度・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・を一ツ頬張ったるが関の山、梯子段を登り来る足音の早いに驚いてあわてて嚥み下し物平を得ざれば胃の腑の必ず鳴るをこらえるもおかしく同伴の男ははや十二分に参りて元からが不等辺三角形の眼をたるませどうだ山村の好男子美しいところを御覧に供しようかねと・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・それよりずっと若いロイド眼鏡、縞ズボンの好男子は、編集者。「あいつも、」と文士は言う。「女が好きだったらしいな。お前も、そろそろ年貢のおさめ時じゃねえのか。やつれたぜ。」「全部、やめるつもりでいるんです。」 その編集者は、顔を赤・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・今井田さんは、もう四十ちかいのに、好男子みたいに色が白くて、いやらしい。なぜ、敷島なぞを吸うのだろう。両切の煙草でないと、なんだか、不潔な感じがする。煙草は、両切に限る。敷島なぞを吸っていると、そのひとの人格までが、疑わしくなるのだ。いちい・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・実際、君を好男子と思うのは無理はないよ。なんとかいう記者は、君の大きな体格を見て、その予想外なのに驚いたというからね」 「そうですかナ」と、杉田はしかたなしに笑う。 「少女万歳ですな!」 と編集員の一人が相槌を打って冷やかし・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 主人公の「野性的好男子」もわれらのような旧時代のものにはどうもあまり好感の持てないタイプである。しかし、とにかくこうした映画で日常教育されている日本現代の青年男女の趣味好尚は次第に変遷して行って結局われわれの想像できないような方向に推・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・Rは当時有名な美少年であったがKも相当な好男子であった。その時KがRに「オイ、R、ふるえちゃいかんよ」と云ってからかった。その言葉の中に複雑なKの心理の動きが感ぜられておかしかった。もっともそんなつまらないことを覚えているのは、当時の自分の・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
出典:青空文庫