・・・おもての色やや沈み、温和にして、しかも威容あり。旅館の貸下駄にて、雨に懸念せず、ステッキを静人形使 (この時また土間の卓子画家 ははあ、操りですな。夫人 先生――ですか、あの、これは私のじゃあございませんの。画家 (はじめて・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・私は汗を拭い、ちょっと威容を正して門をくぐり、猛犬はいないかと四方八方に気をくばりながら玄関の呼鈴を押した。女中さんがあらわれて、どうぞ、と言う。私は玄関にはいる。見ると、玄関の式台には紋服を着た小坂吉之助氏が、扇子を膝に立てて厳然と正座し・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ そうして、いまも、笠井さんは八が岳の威容を、ただ、うっとりと眺めている。ああ、いい山だなあと、背を丸め、顎を突き出し、悲しそうに眉をひそめて、見とれている。あわれな姿である。その眼前の、凡庸な風景に、おめぐみ下さい、とつくづく祈ってい・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・力んで、印を結んだまま奈落へ沈むとおりに、個人個人は威容をくずさず没落した。歴史の波間に沈んだ。 文学者その他の文筆にたずさわる人々の間では著作家組合が考えられて来た。演劇関係の人々の間に、そういう専門家のかたまりのようなものはあってい・・・ 宮本百合子 「俳優生活について」
出典:青空文庫