・・・しかしそれは結局食欲をそそる媒介になるばかりだった。二人は喰い終ってから幾度も固唾を飲んだが火種のない所では南瓜を煮る事も出来なかった。赤坊は泣きづかれに疲れてほっぽり出されたままに何時の間にか寝入っていた。 居鎮まって見ると隙間もる風・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・もとより倫理学は学としての約束上概念を媒介としなければならぬ。文芸の如く具象的であることはできない。しかしすぐれた倫理学を熟読するならば、いかに著者の人間が誠実に、熱烈に、条理をつくして、その全容を表現しているかを見出して、敬慕の念を抱かず・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ もとより夫婦を結ぶ運命は恋愛を通してあらわれ、恋愛の心理は無意識選択のはたらきを媒介とする。しかし二人の結合を不可離的に感ぜしめる契機はこの選択になくして、かの運命にあるのだ。 私のこのような信念からは、青年学生への、実際的に有益・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・このごろは結婚も恋愛結婚でなく、媒介結婚がいいなどという説がかなり行なわれているようだが、私は全然反対である。結婚はどこまでも恋愛から入らねばならぬ。こういう生命の本道というものをゆがめるところから、どんな大きな間違いが結果するであろうか。・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・そのおかげで、何かの機会に蠅以外の媒介によって、多量のばいきんを取り込んだときでも、それにたえられるだけの資格がそなわっているのかもしれない。換言すれば、蠅はわれわれの五体をワクチン製造所として奉職する技師技手の亜類であるかもしれないのであ・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・そのおかげで、何かの機会にはえ以外の媒介によって多量の黴菌を取り込んだときでもそれに堪えられるだけの資格が備わっているのかもしれない。換言すればはえはわれわれの五体をワクチン製造所として奉職する技師技手の亜類であるかもしれないのである。・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・職業紹介所と結婚媒介所はいまだないようであるが、そのうちに出来てもよさそうなものである。今でも見合いのランデヴーには毎日のように利用されているくらいである。球戯場などもあっても差支えはない。 しかし百貨店の可能性がまだどれほど残されてい・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・すなわちこの際における情操は、感覚物そのものを目的物として見た時に起るので、これを道具に使って、その媒介によって、感覚物以外の或るものに対して起す情操と混同してはならんのであります。物我のうち物に対する理想と情操とは以上で大抵御分りにな・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・われは去る、われを伝うるものは残ると思うは、去るわれを傷ましむる媒介物の残る意にて、われその者の残る意にあらざるを忘れたる人の言葉と思う。未来の世まで反語を伝えて泡沫の身を嘲る人のなす事と思う。余は死ぬ時に辞世も作るまい。死んだ後は墓碑も建・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・而してかかる多と一との媒介として、共栄圏という如き特殊的世界が要求せられるのである。 我国民の思想指導及び学問教育の根本方針は何処までも深く国体の本義に徹して、歴史的現実の把握と世界的世界形成の原理に基かねばならない。英米的思想の排・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
出典:青空文庫