・・・親仁はうしろへ伸上って、そのまま出ようとする海苔粗朶の垣根の許に、一本二本咲きおくれた嫁菜の花、葦も枯れたにこはあわれと、じっと見る時、菊枝は声を上げてわっと泣いた。「妙法蓮華経如来寿量品第十六自我得仏来所経諸劫数無量百千万億載阿僧・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 脊の伸びたのが枯交り、疎になって、蘆が続く……傍の木納屋、苫屋の袖には、しおらしく嫁菜の花が咲残る。……あの戸口には、羽衣を奪われた素裸の天女が、手鍋を提げて、その男のために苦労しそうにさえ思われた。「これなる松にうつくしき衣・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・その石臼に縋って、嫁菜の咲いたも可哀である。 ああ、桶の箍に尾花が乱るる。この麗かさにも秋の寂しさ…… 樹島は歌も句も思わずに、畑の土を、外套の背にずり辷って、半ば寝つつも、金剛神の草鞋に乗った心持に恍惚した。 ふと鳥影が……影・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ と見向いた時、畦の嫁菜を褄にして、その掛稲の此方に、目も遥な野原刈田を背にして間が離れて確とは見えぬが、薄藍の浅葱の襟して、髪の艶かな、色の白い女が居て、いま見合せた顔を、急に背けるや否や、たたきつけるように片袖を口に当てたが、声は高・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・だし、その上に、沈んだ藤色のお米の羽織が袖をすんなりと墓のなりにかかった、が、織だか、地紋だか、影絵のように細い柳の葉に、菊らしいのを薄色に染出したのが、白い山土に敷乱れた、枯草の中に咲残った、一叢の嫁菜の花と、入交ぜに、空を蔽うた雑樹を洩・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・この土筆は勿論煮てくうのであるから、東京辺の嫁菜摘みも同じような趣きではあるが、実際はそれにもまして、土筆を摘むという事その事が非常に愉快を感ずることになって居る。それで人々が争うて土筆を取りに出掛けるので郊外一、二里の所には土筆は余り沢山・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
出典:青空文庫