・・・が、もうわたしはその時には、御主人の膝を抱いたまま、嬉し泣きに泣いていたのです。「よく来たな。有王! おれはもう今生では、お前にも会えぬと思っていた。」 俊寛様もしばらくの間は、涙ぐんでいらっしゃるようでしたが、やがてわたしを御抱き・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・やつ、すでに天国を目のまえに見たかのように、まるで凱旋の将軍につき従っているかのように、有頂天の歓喜で互いに抱き合い、涙に濡れた接吻を交し、一徹者のペテロなど、ヨハネを抱きかかえたまま、わあわあ大声で嬉し泣きに泣き崩れていました。その有様を・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。 群衆の中からも、歔欷の声が聞えた。暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。・・・ 太宰治 「走れメロス」
出典:青空文庫