・・・「足軽の子守している八つ下がり」その他には少なくも調子の上でどことなく重く濁ったオボーか何かの音色がこもっている。最後にもう一つ「猿蓑」で芭蕉去来凡兆の三重奏を取ってみる。これでも芭蕉のは活殺自由のヴァイオリンの感じがあり、凡兆は中音域を往・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・八歳の男の子には、草を刈らせ牛を逐わせ、六歳の妹には子守の用あり。学校の教育、願わしからざるに非ず。百姓の子が学問して後に立身するは、親の心にあくまでも望む所なれども、いかんせん、その子は今日家内の一人にして、これを手離すときはたちまち世帯・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・ 恭二は静岡の魚問屋の坊ちゃんで、倉の陰で子守相手に「塵かくし」ばかり仕て居たほど気の弱い頭の鉢の開いた様な子だったが十九の年、中学を出ると一緒に、良吉の家へ養子になった。 良吉の妹が口を利いたので、母親がほんとでありながら、愛され・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 何にもたよるものがないと云った様に池のくいにもたれて、足元の草の間から蛙が飛び出して行く様子にも、傘の雨のあたるささやかな音にも涙はさそい出されて遠くからの子守唄をきいた時にはもうたまらなくなってぬれてひやびやとするくいの木の肌に頬ず・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・女の子達が、毬を持って、街路樹のかげで喋っている。子守女のぶらぶらする様子や、店頭でこごんでたたきを掃いている小僧の姿などが、一瞥のうちに、暖い私的生活の雰囲気を感じさせた。 私は、大抵のとき、前に云った建築敷地の板囲いの前に自分を現し・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・けれでも、そのたびに『いや、眠れ、眠れ』と、彼は自分にきかす子守唄をうたうのである。」 私どもはこのような行文を読んで、これはまことに正宗白鳥の小説の中の文章ではないのかと、おどろいてそれが横光の作中にあることを考えなおす次第である。・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 茎の両端をひっぱってその中央を爪ではじいて軽いしまった響を出す事も子守達が日向に座ってよくして居る事だ。 山の多い湖の水の澄んだ村に生える草には姿もその呼名もつり合って居る。 牛乳屋の小僧 この桑野村で始め・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・そして足をコトコト云わせながら低く子守唄を歌った。「いかにも子守唄らしい歌ですねえ、 むずかしいんですか?」 肇はしずかに云った。「いいえ何んでもないんですよ、 教えてあげましょうか。」「でも駄目らしゅうござんすねえ・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・一言で評すれば、子守あがり位にしか、値踏が出来兼ねるのである。 意外にもロダンの顔には満足の色が見えている。健康で余り安逸を貪ったことの無い花子の、いささかの脂肪をも貯えていない、薄い皮膚の底に、適度の労働によって好く発育した、緊張力の・・・ 森鴎外 「花子」
・・・すなわち牧歌的とも名づくべき、子守歌を聞く小児の心のような、憧憬と哀愁とに充ちた、清らかな情趣である。氏はそれを半ばぼかした屋根や廂にも、麦をふるう人物の囲りの微妙な光線にも、前景のしおらしい草花にも、もしくは庭や垣根や重なった屋根などの全・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫