・・・今日は何れの国家民族も単に自己自身によって存在することはできぬ、世界との密接なる関係に入り込むことなくして、否、全世界に於て自己自身の位置を占めることなくして、生きることはできぬ。世界は単なる外でない。斯く今日世界が実在的であると云うことが・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・こんな辺鄙な山の中に、こんな立派な都会が存在しようとは、容易に信じられないほどであった。 私は幻燈を見るような思いをしながら、次第に町の方へ近付いて行った。そしてとうとう、自分でその幻燈の中へ這入って行った。私は町の或る狭い横丁から、胎・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・でないと出来上った六神丸の効き目が尠いだろうから、だが、――私はその階段を昇りながら考えつづけた――起死回生の霊薬なる六神丸が、その製造の当初に於て、その存在の最大にして且つ、唯一の理由なる生命の回復、或は持続を、平然と裏切って、却って之を・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・だからシンボリストでも、思想では霊肉一致だろうが自分の存在では未だ其処までは行って居らんよ。そんなら行き着いた先きは何うなるかと云うに、そりゃ想像は一寸付かん。第二義から第一義に行って霊も肉も無い……文学が高尚でも何でも無くなる境涯に入れば・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・しかしそれがかえってこう云う状態の存在を証明しているように思われた。 すべて女の手紙を読むには、行の間を読まなくてはならない。眼光紙背に徹せなくてはならない。ピエエル・オオビュルナンは得意の作の中にこう書いた事がある。「女の手紙の意味は・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・己は己の存在を死んで初めて知るのであろう。譬えば夢を見る人が、夢の感じの溢れたために、眼の覚めるのと同じように、この生活の夢の感じの力で、己は死に目覚めるのか。(息絶えて死の足許死。(首を振りつつ徐思えば人というものは、不思議なものじゃ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・また、普通の顕微鏡で見えないほどちいさなものでも、ある装置を加えれば、 約〇、〇〇〇〇〇五粍 くらいまでのものならばぼんやり光る点になって視野にあらわれその存在だけを示します。これを超絶顕微鏡と云います。とこ・・・ 宮沢賢治 「手紙 三」
・・・愛という感情が真実わたしたちの心に働いているとき、どうして漫画のように肥った両手をあわせて膝をつき、存在しもしない何かに向って上眼をつかっていられましょう。この社会にあっては条理にあわないことを、ないようにしてゆくこと。憎むべきものを凜然と・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・しなくてはならぬという心持ちのかたわら、人が自分を殉死するはずのものだと思っているに違いないから、自分は殉死を余儀なくせられていると、人にすがって死の方向へ進んでいくような心持ちが、ほとんど同じ強さに存在していた。反面から言うと、もし自分が・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・こそ、われわれ共通の問題となるべき素質を持った存在にちがいない。此の存在とは何であろうか。 われわれは、いかなる者と雖も、資本主義の機構の上にある以上、資本主義を、その正邪にかかわらず、認めなければならぬ。またわれわれは、いかなるも・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
出典:青空文庫