・・・ それがおよそ十分あまりも続いてから、祖母は静に孫娘を抱き起すと、怖がるのを頻りになだめなだめ、自分の隣に坐らせました。そうして今度はお栄にもわかるように、この黒檀の麻利耶観音へ、こんな願をかけ始めました。「童貞聖麻利耶様、私が天に・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・おばあさんは、こうしてしごとをしながら、自分のわかいじぶんのことや、また、遠方のしんせきのことや、はなれてくらしている孫娘のことなどを、空想していたのであります。 目ざまし時計の音が、カタ、コト、カタ、コトとたなの上できざんでいる音がす・・・ 小川未明 「月夜とめがね」
・・・そのころ四十ばかりになる下男と十二歳になる孫娘と、たった三人、よそ目にはサもさびしそうにまた陰気らしゅう住んでいたが、実際はそうでなかったかもしれない。 しかるにある日のこと、僕は独りで散歩しながら計らずこの老先生の宅のすぐ上に当たる岡・・・ 国木田独歩 「初恋」
・・・婆さんの孫娘がかしこまって給仕する側には、マルも居て、主人の食う方を眺めたが、時々物欲しそうな声を出したり、拝むような真似をしたりした。 音沙汰の無い、どうしているか解らないような子息のことも、大塚さんの胸に浮んだ。大塚さんは全く子が無・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・あいだに、孫娘でもあろうか、じいさんばあさんに守護されているみたいに、ひっそりしゃがんでいる。そいつが、素晴らしいのである。きたない貝殻に附着し、そのどすぐろい貝殻に守られている一粒の真珠である。私は、ものを横眼で見ることのできぬたちなので・・・ 太宰治 「美少女」
・・・むしろ貧相の方であって、六十年来持ち来ったつぎまぜの財布を孫娘の嫁入に譲ってやる方だ。して見ると福の神はこんな皺くちゃ婆さんを嫌うのであろうか。あるいは福の神はこの婆さんの内の門口まで行くのであるけれど、婆さんの方で、福なんかいらないという・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・あの女の人は孫娘らしい。亭主はきっと礦山ひるの青金の黄銅鉱や方解石に柘榴石のまじった粗鉱の堆を考えながら富沢は云った。女はまた入って来た。そして黙って押入れをあけて二枚のうすべりといの角枕をならべて置いてまた台所の方へ行った。 二人はす・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ときくのだけれど、この大切な瞬間のお祖母さんはその経験ふかい白髪にかかわらず、さながら大きい棒パンのようにただ立って、切なげな表情をして、或る意味で人生の瀬戸ぎわに立っている孫娘にくりかえして云えることと云えば、赤坊の時分から唇に馴れた「さ・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・という題で、暖かそうな机の前で白髪の爺さんが、赤い帽子の孫娘がさし出す人形をおどけた呑気な顔で診察する真似をしてやってる絵だ。二三枚同じように罪なさそうな犬っころだの小鳥だのの色刷絵がある。『キング』は労働者の家庭にも農村にも入るのだが・・・ 宮本百合子 「『キング』で得をするのは誰か」
・・・開花させ人類のよろこびのために負うている一つの義務として、個人の才能を理解したループ祖父さんの雄勁な気魄は、その言葉でケーテを旧来の家庭婦人としての習俗の圧力から護ったばかりでなく、気力そのものとして孫娘につたえた。多難で煩雑な女の生活の現・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
出典:青空文庫