・・・当てずッぽに気安めを言うと、「おお、そうかの。」と目皺を深く、ほくほくと頷いた。 そのなくなった祖母は、いつも仏の御飯の残りだの、洗いながしのお飯粒を、小窓に載せて、雀を可愛がっていたのである。 私たちの一向に気のない事は――はれて・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・「尿毒性であると、よほどこれは危険で……お上さん、私は気安めを言うのはかえって不深切と思うから、本当のことを言って上げるが、もし尿毒性に違いないとすると、まずむずかしいものと思わねばなりませんぞ!」「…………」「とにかく、ほかの・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・言いがたき暗愁は暫時も自分を安めない。 時は夏の最中自分はただ画板を提げたというばかり、何を書いて見る気にもならん、独りぶらぶらと野末に出た。かつて志村と共に能く写生に出た野末に。 闇にも歓びあり、光にも悲あり、麦藁帽の廂を傾けて、・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・り、人唄えばとて自ら歌えばとてついに安き眠りを結び得ざるは貴嬢のごとき二郎のごときまたわれのごとき年ごろの者なるべし、ただ二郎この度は万里の波上、限りなき自然の調べに触れて、誠なき人の歌に傷つきし心を安めばやと思い立ちぬ。げに真情浅き少女の・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・そして空虚を見ては気を安めるのである。 また一本のマッチを摩ったのが、ぷすぷすといって燃え上がった時、隅の方でこんなことをいうのが聞えた。「まぶしい事ね。」 フィンクはこの静かな美しい声に耳を傾けた。そして思わず燃え下がったマッ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・それゆえただ純一のゆえに意を安めてはいけない。純一の態度に固執する者はともすれば内容を空疎にする。 私はある冬の日、紺青鮮やかな海のほとりに立った。帆を張った二三十艘の小舟が群れをなして沖から帰って来る。そして鳩が地へ舞いおりるように、・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫