・・・すべてが、彼の道徳上の要求と、ほとんど完全に一致するような形式で成就した。彼は、事業を完成した満足を味ったばかりでなく、道徳を体現した満足をも、同時に味う事が出来たのである。しかも、その満足は、復讐の目的から考えても、手段から考えても、良心・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・また自分としても、如上の記述に関する引用書目を挙げて、いささかこの小論文の体裁を完全にしたいのであるが、生憎そうするだけの余白が残っていない。自分はただここに、「さまよえる猶太人」の伝記の起源が、馬太伝の第十六章二十八節と馬可伝の第九章一節・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・「ここにいる者たちは小作料を完全に納めているか」「ここから上る小作料がどれほどになるか」 こう矢継ぎ早やに尋ねられるに対して、若い監督の早田は、格別のお世辞気もなく穏やかな調子で答えていたが、言葉が少し脇道にそれると、すぐ父から・・・ 有島武郎 「親子」
・・・但し完全に蘇生った。 この経験がある。 水でも飲まして遣りたいと、障子を開けると、その音に、怪我処か、わんぱくに、しかも二つばかり廻って飛んだ。仔雀は、うとりうとりと居睡をしていたのであった。……憎くない。 尤もなかなかの悪戯も・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・従って操觚者が報酬を受くる場合は一冊の著述をする外なく衣食を助くる道は頗る狭くして完全に生活する事が極めて難かしかった。雑誌がビジネスとして立派に成立し、操觚者がプロフェッショナルとして完全に存在するを得るに到ったは畢竟時代の進歩であるが、・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・われわれはそれを完全なる遺物または最大遺物と名づけることはできないと思います。 それならば最大遺物とはなんであるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害の・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 芸術は人生のために、その存在の意義があり、人生は、即ち民衆の利福を措いて、その完全な姿を考えることができない。所詮、美は、正しいことであり、正義に対する感激より、さらに至高の芸術はないと信じたのは、その頃のことでありました。 文壇・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・二人の意見は完全に一致して、私たちは時間の空費をまぬがれることが出来たのである。 青春も若さも大急ぎで私から去ってしまったらしい、といって、私は非常に悲観しているわけではない。今年の春、私は若い将校が長い剣を釣って、若い女性と肩を並べな・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ふとその完全な窒息に眼覚めたとき、愕然と私はしたのだ。「なんという不思議だろうこの石化は? 今なら、あの白い手がたとえあの上で殺人を演じても、誰一人叫び出そうとはしないだろう」 私は寸時まえの拍手とざわめきとをあたかも夢のように思い・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・もし梅子嬢の欠点を言えば剛という分子が少ない事であろう、しかし完全無欠の人間を求めるのは求める方が愚である、女子としては梅子嬢の如き寧ろ完全に近いと言って宜しい、或は剛の分子の少ないところが却て梅子嬢の品性に一段の奥ゆかしさを加えておるのか・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫