・・・「やたらに煩瑣で、そうして定理ばかり氾濫して、いままでの数学は、完全に行きづまっている。一つの暗記物に堕してしまった。このとき、数学の自由性を叫んで敢然立ったのは、いまのその、おじいさんの博士であります。えらいやつなんだ。もし探偵にでもなっ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・「チルチルは、ピタゴラスの定理って奴を知ってるかい。」「知りません。」勝治は、少ししょげる。「君は、知っているんだ。言葉で言えないだけなんだ。」「そうですね。」勝治は、ほっとする。「そうだろう? 定理ってのは皆そんなもの・・・ 太宰治 「花火」
・・・ 定理 苦しみ多ければ、それだけ、報いられるところ少し。 わが終生の祈願 天にもとどろきわたるほどの、明朗きわまりなき出世美談を、一篇だけ書くこと。 わが友 ひとこと口・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・始めて、幾何学のピタゴラスの定理に打つかった時にはそれでも三週間頭をひねったが、おしまいには遂にその証明に成効した。論理的に確実なある物を捕える喜びは、もうこの頃から彼のうら若い頭に滲み渡っていた。数理に関する彼の所得は学校の教程などとは無・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 一体人の談話を聞いて正当にこれを伝えるという事は、それが精密な科学上の定理や方則でない限り、厳密に云えばほとんど不可能なほど困難な事である。たとえ言葉だけは精密に書き留めても、その時の顔の表情や声のニュアンスは全然失われてしまう。それ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・子供の片言でも、商品の広告文でも、法律の条文でも、幾何学の定理の証明でもそうである。ピタゴラスの定理の証明の出て来る小説もあるのである。 ここで言葉というのは文字どおりの意味での言葉である。絵画彫刻でも音楽舞踊でも皆それぞれの「言葉」を・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
幾何学を教わった人は誰でもピタゴラスの定理というものの名前ぐらいは覚えているであろう。直角三角形の一番長い辺の上に乗っけた枡形の面積が他の二つの辺の上に作った二つの枡形の面積の和に等しいというのである。オルダス・ハクスレー・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・したがって文学の創作方法は、科学の定理のように抽象されることは決してありえないし、それでこそ文学の文学である人間性があるのだけれども、歴史の進行の方向と階級間の関係についてのより客観的な把握は、おのずから文学の創作方法も、個々の作家のテムペ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・先日もクロネッカァという数学者が夢の中で考えついたという、青春の論理とかいう定理の話を聞いたが、――」「もうしょっちゅうです。この間も朝起きてみたら、机の上にむつかしい計算がいっぱい書いてあるので、下宿の婆さんにこれだれが書いたんだと訊・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫