・・・岡村君、時代におくれるとか先んずるとか云って騒いでるのは、自覚も定見もない青臭い手合の云うことだよ」「青臭いか知らんが、新しい本少しなり読んでると、粽の趣味なんか解らないぜ」「そうだ、智識じゃ趣味は解らんのだから、新しい本を読んだと・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・あなたには、まるで御定見が、ございません。この世では、やはり、あなたのような生きかたが、正しいのでしょうか。葛西さんがいらした時には、お二人で、雨宮さんの悪口をおっしゃって、憤慨したり、嘲笑したりして居られますし、雨宮さんがおいでの時は、雨・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・わたしの眼底には既に動しがたき定見がある。定見とは伝習の道徳観と並に審美観とである。これを破却するは曠世の天才にして初めて為し得るのである。 わたしの眼に映じた新らしき女の生活は、あたかも婦人雑誌の表紙に見る石版摺の彩色画と殆撰ぶところ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・し其が真の価値批判に於て高価なものであるなら、所謂現代が嘲笑する伝統に晏如として自信ある認定を与えながら、如何に喋々され、絶叫される傾向であっても、其が無価値ならば、最後の唯一人として否定し得る、其の定見が総ての点に欲しいのでございます。・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・しかし、根本をなす憲法改正案に対して定見を示していない婦人代議士が、どうして、それだけの大事業をなしとげられよう。まして、自由党以下共産党以外の政党は、日本の旧体制の支持者であるとき、婦人代議士ばかりが、民主的であることが出来ようか。「女は・・・ 宮本百合子 「春遠し」
・・・ソヴェト同盟やドイツで創作の唯物弁証法的方法といえば、又それに太鼓をたたく。定見のないオッチョコチョイ奴、と。 然し、この悪口は彼らの、非プロレタリア的な世界観の曝露として役立つだけだ。 過去十年間に農村恐慌は徐々に激化して来た。そ・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
・・・これは医道のことなどは平生深く考えてもおらぬので、どういう治療ならさせる、どういう治療ならさせぬという定見がないから、ただ自分の悟性に依頼して、その折り折りに判断するのであった。もちろんそういう人だから、かかりつけの医者というのもよく人選を・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫