・・・ ――ベザイスが、実はあんたのところの同じような山には、もうあきあきしてるんですと云ったわけだ。 芸術座小舞台で「我等の青春」という国内戦時代のコムソモールたちの感情、若さから誤謬は犯しながら雄々しく実践でそれを清算する働きぶりなど・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・木村はなぜ戦わないだろうか。実は木村も前半生では盛んに戦ったのである。しかしその頃から役人をしているので、議論をすれば著作が出来なかった。復活してからは、下手ながらに著作をしているので、議論なんぞは出来ないのである。 その日の文芸欄には・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 男。いかさま。そんならこれで。 女。なぜいらっしゃらないの。 男。実はお別れをする前に少し伺っておきたい事があるものですから。 女。そう。さあ、なんでもおっしゃいましよ。 男。あの始めてタトラでお目にかかった時です・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・手甲は見馴れぬ手甲だが、実は濃菊が剥がれているのだ。この体で考えればどうしてもこの男は軍事に馴れた人に違いない。 今一人は十八九の若武者と見えたけれど、鋼鉄の厚兜が大概顔を匿しているので十分にはわからない。しかし色の浅黒いのと口に力身の・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・が、実は感覚的表徴のそれのごとく象徴せられた複合的綜合的統一体なる表徴能力を所有することは不可能なことである。此の故官能表徴は表象能力として直接的であるそれだけ単純で、感覚的表徴能力のそれのようには独立的な全体を持たず、より複雑な進化能力を・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・極度に敏感になった心には、微かな濃淡も強すぎるほどに響くのである、一方でワグナアの音楽が栄えながら他方でメエテルリンクの劇が人心をひきつけた事実は、今なお人の記憶に新しいであろう。静かな、聞こえるか聞こえないほどの声で、たましいの言葉を直接・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫