・・・ 御存じの通り、稲塚、稲田、粟黍の実る時は、平家の大軍を走らした水鳥ほどの羽音を立てて、畷行き、畔行くものを驚かす、夥多しい群団をなす。鳴子も引板も、半ば――これがための備だと思う。むかしのもの語にも、年月の経る間には、おなじ背戸に、孫も彦・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ また、来年、稲の実るころになると、太吉じいさんは、新しいかがしを造りました。去年の子鳥たちはもう親鳥となって、同じように、その子供たちに向かって、「あれは、弓というものだよ。」と自分たちのきいた、怖ろしい話をしてきかせました。こう・・・ 小川未明 「からすとかがし」
・・・人々は二郎が南洋航行の真意を知らず、たれ一人知らず、ただ倶楽部員の中にてこれを知る者はわれ一人のみ、人々はみな二郎が産業と二郎が猛気とを知るがゆえに、年若き夢想を波濤に託してしばらく悠々の月日をバナナ実る島に送ることぞと思えり、百トンの帆船・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・男体山麓の噴火口は明媚幽邃の中禅寺湖と変わっているがこの大噴火口はいつしか五穀実る数千町歩の田園とかわって村落幾個の樹林や麦畑が今しも斜陽静かに輝いている。僕らがその夜、疲れた足を踏みのばして罪のない夢を結ぶを楽しんでいる宮地という宿駅もこ・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・柿は、こんな大きさで、こんな色をして、しかも秋に実るものであるから、これこれの意味であろうなど、ああ死ぬるほどいやらしい。象徴と譬喩と、どうちがうか、それにさえきょとんとしている人がたまにはあるのだから、言うのに、ほんとに骨が折れる。 ・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・たんばこの実る国。海鯨の住む大洋。木に棲み穴にいて生れながらに色の黒いくろんぼうの国。長人国。小人国。昼のない国。夜のない国。さては、百万の大軍がいま戦争さいちゅうの曠野。戦船百八十隻がたがいに砲火をまじえている海峡。シロオテは、日の没する・・・ 太宰治 「地球図」
・・・稲妻が光る度に稲が千石ずつ実るという云い伝えがあるが、どういう処から割り出したものであろう。近頃海外では農芸に電気を応用する事がようやく盛んになろうとしているから、稲妻の伝説と何か故事つけが出来そうである。 九・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・ 真の幹に咲く、箇人主義の花ほど偉大なるはない。実る自己完成の果実は、千万人の喉をうるおわす宙を蓄えて居る、と。 宮本百合子 「大いなるもの」
一 カールの持った「三人の聖者」 ドイツの南の小さい一つの湖から注ぎ出て、深い峡谷の間を流れ、やがて葡萄の美しく実る地方を通って、遠くオランダの海に河口を開いている大きい河がある。それは有名なライン河・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 一体にアイヌは信心深く、山に行って猟をする時も畑を作る時も、地面を掘る時も、先ずイナオを立てて私共に飲水をお与え下さいとか穀物のよく実るようにとか云って、熱心に祈祷をいたします。けれども、イナオを取扱ったり祈祷をするのは、総べて男子の・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
出典:青空文庫